岩手県

消えゆく者の哀しみ

岩手県花巻市の老舗百貨店「マルカンデパート」が閉鎖を発表。
建物の老朽化が原因という。

マルカンは花巻市の中心市街地の顔ともいえる店舗であり、
閉鎖による影響は大きい。

同店といえば最上階にある「レストラン」が有名。
昔ながらの「デパートの大食堂」である。
三越などとは違う「B級感」が売り物で、
むやみに多すぎるメニュー、レトロ感あふれる内装が客の心をつかんだ。

そしてなんといっても名物は「ソフトクリーム」。
10回巻くという特大サイズで、そのままでは食べられないので
割り箸ですくって食べるのが「流儀」。
これだけを食べに来る客も少なくなく、
いつもマルカンの大食堂はにぎわっている。

…しかし、それ以外のフロアは「百貨店」というにはほど遠く
(といっても百貨店協会には所属しているが)、
市内にあるイトーヨーカドー(岩手県唯一の店舗!)の方がよっぽど品揃えはよい。

「古色蒼然」は、レストランでは魅力でも、
百貨店ではマイナスポイントでしかなく、いつも閑古鳥が鳴いている。

市街地の空洞化は花巻でも進んでおり、競合店はとうの昔に閉店。
マルカンがなくなれば、ますます客足は遠のくだろう。

せめて大食堂だけでも…と思うけれど、
「古ぼけたデパートの大食堂」に価値があるのであって、
取り壊した後に平屋のレストランを作っても、もう客は来ないだろう。

高校生らが存続を求め署名活動を始める動きもある。
署名を集める気持ちは分かるが、
経営する方の気持ちは、学生にはまだ分からないだろう。
ただ、この純粋な行動が何かに結実すればよいな、とは思う。

そして盛岡市でも「盛岡バスセンター」が閉鎖の危機を迎えている。
盛岡市役所にほど近い場所にあるバスターミナルで、
建造して50年を経ていて、こちらもレトロ感でいっぱい。
客がいるのだかいないのだか分からない時計店や、
とうの昔になくなった「チューイングボン」の看板を掲げる売店など、
時代に取り残されたような作りが、
レトロマニアやバス愛好者達には魅力のようで、「聖地」扱いされている。

しかしこちらも老朽化にはあらがえず、補修も不可能。
中心市街地活性化計画で、バスセンターを近代的ビルに建て替える計画が持ち上がった
が、
これも徐々にトーンダウン。
近隣のデパート跡地はマンションに建て代わったが、
このエリアもまた空洞化が進む状況。
バスの乗客も全盛期にはほど遠い状況で、
バス会社の運営を苦しめている。

国際興業系列のバスセンター運営会社が、先述の計画からの撤退を発表。
バスセンターは閉鎖・解体され、更地になって売却されるのが濃厚となっている。

しかしバスセンターがなくなればターミナルが消滅し、混乱は必至。
移転するとしたら、この一帯の魅力は失われ、やはり集客が見込めなくなる。

先述通りバスセンターは民間で運営していたが、
これもまた「経営する方の身になる」と、厳しいものがある。

もうからなければ撤退、当たり前の話。
「民間の活力を活用する」と、場合によってはこうなるのだ。
かといって行政が舵取りすれば御の字なのかといえば、それも難しいわけで…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

復興へ…

2016年の幕開け。
東日本大震災から5年が経過する。

もうとっくに元通りになっているんでしょ、と
首都圏以西の人は思うのだろうが、
そんなはずはない。

甚大な被害を被った岩手県大槌町は
先日の国勢調査によると、
人口が震災前から23%も減ってしまったという。

「大雪りばぁねっと。」の一件のように、
被災地を食い物にするような不届き者も現れ、
東北のただでさえ少ない富は奪われていく。

志ある者は、震災前よりもいい状態にしよう、と意気込む。
その心意気はよいが、みなうまくいくとは限らない。
しかし何事もやってみなけりゃ前には進まない。

東北以外の人々の関心はどんどん薄れていくだろう。
補助金の類は目に見えて少なくなっていると聞く。
もう外からの手助けに甘えてばかりもいられない。

自らの力で盛り返していくほかないのだ。
復興あるのみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

テレビ東京地獄

岩手県にはテレビ東京系列局がない。
テレ東系列は大都市圏の6社しかないので
(他系列は24~30社)、地方においては
他系列に属する放送局が、テレビ東京から番組を買って、
系列のシバリがない時間帯に放送する。

その時間帯は、深夜だったり、土・日の午後が中心だ。
だから地方では週末の午後が
一気に「テレビ東京地獄」に変貌するのである。

我が岩手県も同様。
12月12日の午後はこうだ。

Tvt

赤く塗りつぶした番組が、テレビ東京、
またはテレビ大阪(テレビ東京系列)の番組である。

岩手めんこいテレビ(フジテレビ系列)に関しては
5時間まるごとテレビ東京の番組。

IBC岩手放送(TBS系列)のほうが普段はテレビ東京の番組が多いのだが、
この日はローカル番組(「じゃじゃじゃTV」)や、
系列の再放送(「マツコの知らない世界」)があるため控えめ。

テレビ岩手(日本テレビ系列)は「開運なんでも鑑定団」を
再放送との2本立てにするのが得意技だ。
「日本イチバン売れてるモノ図鑑」(テレビ大阪)を加え
4時間をテレ東系列に費やす。

岩手朝日テレビ(テレビ朝日系列)は、
素直にキー局のテレ朝番組を流すことが多いのだが、
この日はなぜか「家、ついて行ってイイですか」を2本立て、
さらに「MY BEST SHOW」という特番でさらに2本立てである。

…とまあ、テレビ東京系列にジャックされたかのような状態である。
とくに1時台、3時台はどの民放チャンネルを回しても
テレビ東京系列の番組しか映らない、という「テレビ東京地獄」の様相だ。

いくら最近のテレビ東京番組は評判が良い、といっても
これはちょっとやり過ぎではないだろうか。

テレビ東京と言えば日本経済新聞社グループ。
「ワールドビジネスサテライト」に代表されるように、
経済ニュースでもおなじみである。

…まあその経済ニュースが岩手で流れることはないのだが、
それはそれとして。

「カニバリ」という経済用語がある。
カニバリゼーション、つまり「共食い」である。
同じグループに属する者が、互いの事業領域(ドメイン)を侵食し合う状態のことを言う。

切磋琢磨を狙い、あえて競わせることもあるが、
通常は他社と争ったほうが得なので避けられる傾向にある。

テレビ東京地獄もまさにカニバリ。
河岸を岩手に移し、同じテレビ東京の番組同士で戦っている。
これってどうなんだろうか?

テレビ東京としては、番組が地方局に売れれば
それでビジネス成立しているのだろうが、
遠い岩手に送り出された番組達は、
互いに戦わなければならない。

これって非効率だと思うのだが、
テレビ東京はそこまで計算して…いるわけがない。

少なくとも以前はこういうケースはまれだった。
だいたい、各地方局は系列の番組(キー局から遅れて放送するもの)だったり、
なんらかのローカル番組を放送していたものだが、
それらがだんだん減り、テレビ東京の番組で埋められるようになってきた。

逆にテレビ東京がそこを突いて、番組を売り込みだしたのかもしれない。
番組同士が争ったところで、そんなことは知ったことじゃない。
岩手では装置を使った正規の視聴率調査は行われていないし、
あとは岩手の局同士が好きにすれば良い、
CM枠が売れなきゃそれはその局の責任だ、ということなのだろう。

しかし、番組の送り主、いや、「親」はテレビ東京ではないか。
「子」である番組同士が戦うことは望ましいことだろうか?
いや、別にテレビ番組に人格を求めろ、と言っているのでなく。
長期的に見てどうなのかな、ということだ。

たとえば上記では「なんでも鑑定団」と「和風総本家」が真裏だが
これは毎週レギュラーである。
テレビ東京系列の番組同士で、毎週争っているのだ。
今のところ両者均衡のままこの状態が続いているが、
本来なら雌雄を決しているはずなのだ。「カニバリ」である。

テレビ東京、それで本当にいいのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駅前のイオンがガラガラ

盛岡市内にはショッピングモールのイオンが2店、
スーパーセンターのイオンが1店あるが、
それより前に出店したのが「マックスバリュ」盛岡駅前北通店。

現在は秋田本社の「マックスバリュ東北」に吸収されたが、
盛岡地区のイオン第1号店でもあった。
開店した日はなんと夜の12時にオープンしたのであるが
大行列に並んで入店したのを今でも鮮明に覚えている。

そのマックスバリュ、開店後ほどなくしてテナント棟を増床、
現在は「イオンタウン」を名乗っているのだが…
このテナント棟、半分以上のスペースが空き店舗になってしまい、
なんともさみしい状況なのである。

飲食店が入っていたスペース。
フードコート形式なのに、なぜか「冷麺」の店と「サーティワン」という
バランスの悪さが災いし、早々に客が来なくなった。
そしてとうとう空き店舗に。
目の前には北東北随一の美容学校もあるのだが…。

今年の冬までは自転車販売の「イオンバイク」が入店していたが、
自転車シーズンの春を待たずに閉店。

その隣のスペースは雑貨店があったが
保険代理店を経てやはり空きスペースに。

同じくテナントとして入っていた地元書店は
出版不況に耐えきれず閉店。
その後、お裁縫グッズの「トーカイ」が入っていたが
ごく短期間で撤退。いまはやはり空きスペース。

残っているのは、奥の方に鎮座する「キャンドゥ」と、
その脇にあるリラクセーション、
手前側の小さいスペースに入居する激安理髪店、
店の正面からは見えにくい場所にある美容室。

4店もあるからにぎわっているかと思いきや、
先述の空きスペースが、テナント棟入り口に集中し、
がらんどうを見せつけてくるものだから、
なんともさみしい状況なのである。

天下のイオンの店、しかも盛岡駅前店を名乗る店なのに、
テナントを埋めるにも苦労するなんてことが、実際にあるのだ。

駅前と言いつつ駅からはやや離れていて(徒歩7分程度)、
駐車場も30分無料で、自動車でのアクセスもそれほど悪いわけでもない。

ただ、冒頭で言ったように盛岡にはすでにイオンの大型店が2店あり、
マックスバリュもすでに3店舗を数える。
ド郊外の玉山地区とはいえ、スーパーセンターも存在する。
すでにイオンは目新しい存在でもない。
それも、この空きスペースの要因の一つなのかもしれないが…。

どの種類の店がふさわしいかも悩ましい。
書店はすでに閉店している。
駅ビル「フェザン」は、新星堂のカフェ併設新業態をオープンさせたが、
1年もたず閉店してしまった。音楽もダメだ。

フードコートの復活…と思ったが、
駅の乗降客を駅ビルから奪うような場所でもなければ、
家族で連れ立ってくるような場所でもなく
(イオンモールではなく単なる食品スーパーでしかない)、
客の入りが読みにくい。

要するに、テナント棟が広すぎたのかも知れない。
先述通りこのテナント棟は増床してできたものであるが、
その読みが甘かったという言い方も出来よう。

この空きスペースがいつ、どのように埋まるのか、
どう驚かせてくれるのか、イオン(正確にはマックスバリュ東北)の
お手並み拝見、といきたいところだが、
当のイオン側が、一番悩んでいることだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

応援歌練習

岩手県で中学・高校生活を送ったことがある者なら、
必ず通過したであろう「応援歌練習」。
新年度になると必ず執り行われる「行事」である。

文字通り「応援歌」を「練習」すること。
それならば、全国的にも行われていると思うが、
岩手県の場合はやや異質である。

特徴としては、端的に言えば「暴力的」ということである。
実際には手を出したりはしないのだが
(ただ、昔は手を出したのだと思われる)。

新入生が(場合によっては2~3年生も)
始業前、昼休み、放課後に集合させられ、
事前に覚えさせられた、高校独自の応援歌(数種類ある場合も)を
そらんじて歌わなければならない。

いまでは大学でも見かけないような、
「バンカラ」の「応援団員」が、
おいお前ら、ちゃんと覚えてきたんだろうな、と
竹刀を振り回したり、机を蹴っ飛ばしたりして「威嚇」する。

さらに団員は、生徒たちが歌っている間に「巡回」し、
うろ覚えの者を見つけると「捕獲」。
放課後にマンツーマンで「恫喝」を受けながらの
追加練習(補修)をさせられる。
もちろんその様子は同級生に「さらし者」となる。
それが数日~1週間は続くのである。

要領のいい者にとっては
「爽やかな青春の一ページ」となる格好だが、
そうじゃない者には単なる「屈辱」「トラウマ」となって、
後年までひきずることとなる。

某ローカルテレビ局がこの「応援歌練習」を
取り上げた特集番組を作る、とのことで、
視聴者からの思い出を募集しているところである。

いっぽう、地元新聞の投稿欄には、
読者による応援歌練習に対するやや否定的な見解が、
立て続けに掲載されている
(皮肉にもこのテレビ局と新聞社は系列会社にあたるのだが)。

個人的見解を申し上げると(察しのいい方は気づいたと思うが)
「否定的な見解」を申し上げる立場である。

はっきり言ってしまえば「前近代的因習」だと思う。
バンカラ団員がドスを利かせて後輩を恫喝する。
戦時体制を想起させるものだろう。

先の新聞投稿にもあったが、
練習が早朝や放課後をつぶして行われることで、
勉強や部活動の大事なスタートアップ時期を失っていることになる。
「そうはいっても1時間かそこらではないか」と
言われるかも知れないが、
この応援歌練習というのは、肉体的にも精神的にも疲弊する。
その上、勉強と部活が続く。

それについてこれる者ならいいが、
世の中そんな要領のいい者ばかりではない。

擁護派の意見として「一般社会に待ち受ける、
もっとつらい事態に耐性をつけるための練習だ」というものがある。

でも、そんなもの、こんな練習ごときで身につきますかね?
むしろ、勉強や部活動の方がもっと実になるのではないだろうか?
(部活動にも問題があることが最近指摘されているが、
ややこしくなるので本稿では触れない)

応援歌練習を支持する者にとっては、
ある意味「郷愁」もあるのだろうし、
自分たちもきつい思いをして経験したのだから、
子供たちにも同じ体験をさせなきゃ気が済まない、
という考え方もあるだろう。
それはちょっと、意地が悪すぎやしないか。

若い時間は短い。
もっと大事なことに時間を使えばいいではないか、
と、個人的には思うのだが。

教師の方にも負担になっているのではないかと想像する。
ただでさえ部活動でも負担なのに、
さらに応援歌練習のせいで早く出勤させられたりしているはずなのだ。

自分が学生の頃は、おそらく応援団上がりであろう教師が
率先して練習を「バックアップ」していたものだが、
教師の負担が増えている今でも
それが通用するとはとても思えない。

Twitterでは「いまの応援歌練習はもっと優しくなっているよ」
なんていうお話しも伺っているのだが、
昔ながらの体制を続けているところも少なくないようだ。

そもそも「応援歌」は「応援する歌」なんだから、
高圧的、強制的に覚え込ませるものではないと思うのだ。
応援する心があってはじめて意味を持つのではないか?

「いや、はじめは高圧的でも、それが一体感を醸成するのだ」
とか、そんな都合のいいことを言う人もいると思うのだが、
ドロップアウトする人を生むような構造で一体感もへったくれもない。

「ついてこれないような根性なしを鍛え上げるためだ」とか言う人。
根性なしをさらなるヘタレに祭り上げるだけだと思いますけど、
違いますかね?

いずれ、全員に強制して覚え込ませるような「行事」が
いまどき必要なのか?と思う。

「青春の一ページ」になっている人からすれば、
「お前は何を言っているんだ」と思われるかも知れないが。

私ですか? 応援歌も校歌も忘れました。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

5きげんじゃない日々

岩手を代表する情報番組「5きげんテレビ」の司会者が代わった。
勤め人だとなかなか見る機会に恵まれないので
なかなか動向を知ることが出来ないのだが…

番組開始は97年。そろそろ20年の声を聞こうという長寿番組。
初回から司会を務めてきたのが、
当時気鋭の若手だった平井雅幸アナウンサー。

「岩手を代表する」存在にまで番組が成長、
平井アナはアナウンサーの身分のままアナウンス部を転出、
「5きげんテレビ部部長」に就任していた。
番組は、テレビ局の一部署にまで「のし上がった」のだった。

ライバル番組が生まれては消えたが、
現在は独走状態。
そんな快調の中、今年の2月頃、
「岩手のミヤネ屋」平井アナウンサーは画面から消える。

体調不良、との告知がなされ、
代役として中堅の岩瀬アナウンサーが司会に就く。
しかし平井アナはいっこうに復帰しなかった。

入院説がささやかれるようになった3月、
平井アナはVTR出演、正式に「番組降板」のアナウンスがなされた。

やはり体調不良であること、
そしてその不調はだいぶ前からであることも告白したが、
病名は何であるかは伏せたまま。

長寿番組を長らく引っ張ってきた「偉大なる存在」にしては、
あっけない幕切れだが、
言えないこともあるのだろう。

心労もたまっていたのではないだろうか。

本番は平日の90分間のみ。
準備やリハーサル、打ち合わせなどを含めても、
激務というほどではないだろう。

しかしオフや空き時間も、
平井アナは「雅さん」であることを求められる。

たとえば、どんなに疲れていても無愛想にはできない。
人の噂はあっという間に広がる。
特に、「視聴者とのキャッチボール」を謳う番組で
それは致命傷だ。

そうなると、嘘でも笑っていなくてはいけない。
腹の中が煮えくりかえっていても、だ。

どれだけ強靱な肉体をもってしても、
それでは精神をすりへらしやがては体力も奪う。
現に平井アナは50代を迎え、
ただでさえ衰えてくる時期だった。

平井アナの場合は、ときおり「本音トーク」みたいな
おしゃべりをする場面もあったが、
さすがに「本当の腹の中」まで吐露することはしなかっただろう
(そういうトークは求められる番組ではないし)。

たまったものが爆発してしまったのだろうか。
思ったより状況が深刻なのかどうかは、
アナウンスされていないので知るよしもない。
とりあえず休養が第一だろう。

平井アナは引き続き番組に携わる意向のようだが、
局のサイトのアナウンサー一覧から消えている。
司会は正式に岩瀬アナに引き継がれ、春を迎える。

岩手の夕方を変えた「マサさん」。
お疲れさまでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

被災地

「震災のニュースは飽きた」。
こんなツイートを見た。中国地方に住む若者だ。
被災地でもなければ、素直にそう思うのだろう。

とあるベテラン放送作家はこうつぶやく。
「震災関連の番組が、視聴率を取れなくなってきている」。
人々、とくに首都圏で、3.11への関心が薄れ始めているのでは、というのだ。

当初は帰宅困難や原発事故など、首都圏にも直結する事象があり、
さらに津波映像の衝撃など、関心は高かったのだろう。

しかし4年が経過し、被災地の映像は見慣れたものになってきている。
しかも映像はどれも代わり映えもしない。
雑草とコンクリートだらけの荒涼とした原野と静かな海。
雪の吹きすさぶ仮設住宅。
生活への不満を口にする高齢者。

これが、復興のまるで進まない被災地の現実なのだ。
…なのだが、いつまでも同じ映像を見せられれば、
非被災地からは「いつまでやってるんだ」と思われることもあろう。

被災地を、3.11を、東日本大震災を忘れるな、
と言い続けることは大事かもしれないが、
あまり「しつこい」のも、考え物なのかもしれない。
むしろ「忘れてもらう」くらい、
復興を遂げることのほうが大事なのかもしれない。

しかしいまは復興など夢のまた夢。
忘れてもらっては、困るのだ。

いいタイミング、頃合いを見計らって、
発信していくよりないのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

滑り止めスパイク

この時期の盛岡は「歩道の凍結」が悩みどころ。
どうしても歩いて外出しないといけないとき、
スケートリンクみたいな歩道を歩き続けるのは苦痛。
もちろん滑って転ぶのは必至。

昨年は12月なのにどかどか雪が降ったので、
現時点で歩道は大部分が分厚い雪か、
踏み固められた氷で覆われている状況である。

で、靴につけられる滑り止めスパイクをホームセンター
(はっきり言っちゃうと「ホーマック」)で買ってきた。

いままでも気にはなっていたが踏み切れず、
車で外出するか、歩いてこけるか、だった。

スパイクは、かんじき状のゴム部で靴に固定。
最初はきつくて装着しづらいが、
慣れればきちっとつけられるようになる。
ただし革靴にはめるのはやや抵抗があるかな。

完全に凍ってしまった歩道を歩いてみると、
これがとても快適。

金属製のスパイクで歩くと、
氷と触れる面積が靴と比べ圧倒的に減るため、
当然滑りにくくなる。というか、滑りようがない。
靴の裏に剣山をつけて歩くような感覚。

ただし過信は禁物。
とくに氷が凸凹になっている部分を歩く際は、
スパイクだけでなく靴の足裏も氷に直に触れてしまい、
滑りやすくなる。

ただ、スケートリンクのようになっている歩道を
歩くのは、圧倒的に快適になる。

逆に、雪・氷がない舗装部分を歩くほうが、
かえって歩きづらい。スパイクが舗装に当たるため、
砂利の上を歩くような、不安定な感じだ。
それに、金属と舗装が触れて、それこそジャリジャリ言うので、
気持ちが悪い。方言で言えば「イズい」。

だから、凍っている部分を探して歩道を歩くという
本末転倒な状況になってしまうのは面白いところ。

歩道が凍結するこの時期はどうしても「出不精」になってしまい
ブクブク太っちゃう人が続出するこの時期。
スパイクをつけて、外は寒いけれど歩きましょう。
(無理は禁物ですよ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ローカル番組に思う

宮城県の朝のローカル情報番組を拝見。
単なるニュースだけではなく、
スポーツコーナーや芸能コーナーもあり、
「見るスポーツ紙」のような、盛りだくさんの内容。

なるほど、こりゃ岩手県では無理だな、と思う。

この日は東北楽天にドラフト入りする選手のことを報道していたが、
仙台には野球の球団もあれば、
サッカー、バスケットボールのチームもある。

芸能コーナーなんてできるのか?と思ったが、
テレビ局主催のコンサートの告知で
宇崎竜童がインタビューに応えていた。

仙台だからコンサート・ライブの類は事欠かないだろうから
芸能コーナーも成立するのだろう。

これと同じ内容を岩手でやるのは不可能だ。
「ニュース」だけならできるが、
スポーツ情報だとアマチュア、高校スポーツが関の山だし、
コンサートの案内で時間を埋めようとしたら、
1か月同じ内容を繰り返しても足りないくらい。

岩手のローカル情報番組といえば「5きげんテレビ」だが
あれは夕方の番組だから、
別に「スポーツ紙」になる必要もない。

しかし朝の番組となれば、雑多な内容をテンポよく
伝えることが重要になる。

土日の番組みたいに、「おいしいお店紹介(という名のCM)」
「新しいお店から生中継(という名のCM)」
「視聴者からのFAX・メール紹介(という名の時間つぶし)」で
埋め尽くしてもそっぽを向かれるだけ。

やはり、経済格差はそのままテレビ番組の格差にもなっちゃうんだな…。

当ブログでは過去にローカル番組ウォッチングを繰り広げたが、
最近は、昔ほど興味がなくなってきている。
「どの番組を見ても同じ内容」なんだよね。

それって年寄りがいう言葉だと思っていたが。
まあ単純に年を取ったんだけれども(笑)

仙台は元気でいいよなぁ、と毎度思うひがみを胸に、
また盛岡に帰るのでありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏は駆け足で…

寒い時期が長い岩手、盛岡においては、
夏は歓迎される季節である。

しかし今年も、盛岡の夏は短かった。
猛暑日はとうとうなく、熱帯夜も1日だけ(Time-j.net)。

お盆の時期には梅雨が戻ったかのような曇り空主体となり、
今にいたるまで、太陽の姿を見たのはごくわずか。
早朝は寒さを感じるほどだ。

テレビからは、連日の猛暑を伝える東京のスタジオの「悲鳴」。
「もう夏なんていらない」と言わんばかりだ。

盛岡からは「秋をやるから、夏を返してくれ」と申し上げたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧