書籍・雑誌

対価のないものには明日もない?

首都圏で無料配布されている週刊漫画雑誌「コミック・ガンボ」が休刊。
発行期間は1年弱だったそうだ。
やはり「無料ビジネス」は難しい。

岩手なんて田舎ではとうてい読めっこない雑誌だが、
実は一冊だけちらっと目を通したことがある。

もらったのは都内ではなく、遊びで行った「横浜市」。
横浜駅前で分厚い冊子を渡されて、なんだろうと思ったら
マンガ雑誌だったのだ。

へぇぇ、都会(笑)じゃ漫画も無料なんだ、とそのときは思った。
紙質も悪くないし、雑誌としてもきちっとしていた。
ただ、ページをぺらぺらめくってみたら、
「あぁ、これじゃ無料だな」という印象は持った。

ラック配布もしていたそうだが、
いずれ、街頭配布中心では「次の号も読みたい」と思っても、
確実に買うことができない(もらおうとしても、無い)ケースが
往々にしてあり得るわけだから(実際はどうだったか知らないが)
難しいのではないかと思う。

それに、無料というには裏があると疑念を持たれてしまうから
(広告したいだけじゃないか、とか)、
相当のクオリティがないと支持は集められない。
それがほんとうにできているフリー出版物は「R25」くらいだろう。

「アニメ!アニメ!」というまんまな名前の業界情報サイトでは
「有料雑誌でも厳しい時代なのに…」
「WEBサイトなら生き残れるのでは」と分析している
同誌は現在でもWEB上で直近号が閲覧できる上
(リアル雑誌を無料で配るよりコストははるかに廉価)、
有料の単行本発行を開始しており、
それを収入源にするビジネスモデルならありではないか、という。

連載陣には江川達也らがいたようで、
金満の江川は一本くらい連載がなくなっても別に困らないだろうが、
MSN産経によると、足立淳という漫画家は
「失業だ! なんでもやるから仕事くれ!」とブログで泣きを入れているという

雑誌残酷物語は今に始まった話ではないが、
やはり仕事を受ける側も気をつけるべきだったのかもしれない。

読者も含め、タダより高いものはないといういい勉強にはなったかも。
勉強は、買ってでもしろと言うし。タダが悪いとは言わないけど…。

(追記)発行元のデジマ社は事業停止、つまり経営破綻した模様。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

死んだ猫に教わる

車を走らせていると、道路の真ん中に謎の物体。
近づいて見ると、それは「猫の死体をついばむカラス」であった。

さすがにもう、ネコの轢死体を見ても驚かなくなったが、
カラスがつっついているのをみると可哀想な気持ちになる。

それでも、カラスの餌になって、死んでもなお世の役に立つ
(カラスが世の役に立つかは別として)ネコの存在は
むしろ神々しいものに感じる。

人間の場合は、処理の簡便さや、シャーマニズムうんぬんからか
即座に火に入れられて、最終的に灰にされてしまうが、
ほんとにそれでいいのかいな、という気になってしまう。

さすがに動物につっつかれるのはごめんこうむりたいとは思うが(人間だからね)
土に還ったり、海に帰ったりすることで、
世に最後の恩返しをするのもいいのではないかな、と考えてみた。

まあ、死生観を語るほどの人生経験は積んでいないし
10年後に同じことを考えている自信もないのだけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

需要と供給のあいだ

「コミックヨシモト」が休刊するという。
誰が読むんだこんなもの、と思っていたら案の上である。

完全に需要と供給をはき違えた吉本興業の思い上がり。
「芸人がブームやからマンガ雑誌にしたら若い奴らに売れるやろ」…売れるわけがない。

「これがマンガの吉本です」というのを吉本興業が勝手に押しつけているだけ。
誰に押しつけているのか? …その「誰」が誰かもわからない。
存在価値すら謎の雑誌、「コミックヨシモト」は7号で休刊する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

特命転勤 毎日新聞を救え!

吉原勇著、文藝春秋刊。
著者は毎日新聞の元記者。
大阪本社経済部デスクから東京本社経営企画室に異動となり、
「大阪本社敷地売却・新本社建設プロジェクト」の主導役となる。

大阪本社の老朽化のため、現在地の土地を売却し、
新しい土地を手に入れて新社屋を建設する―。
もとより余裕のない毎日新聞社にとっては
社運をかける大仕事である。

「記者」らで結成される「経営企画部門」。
政治家、国の役所、不動産会社などと
『取材対象』として接してきた元・記者たちは
(言い方は悪いが)『裏から手を回す』ことが可能であるため、
新聞社にとっては土地の売却・購入などお手の物なのである。

そうはいっても、相手のある話。
しかもその相手は多岐にわたる。
国から払い下げされた土地を蹴って新しい土地を手に入れなければならず、
新聞社といえども、プロジェクトは難航を極めた。

会長の死、社長の体調悪化。低空飛行は続く。
人脈を通じ、当代の大物政治家へアタックしたり、あえて避けたり。
政治部という敵が社内にもいたが、
ベテラン経済記者の著者は危ない橋を堂々と渡っていく。
とくに、緊迫感あふれる国の役人とのやりとりは面白い。

著者の口によって、いささかダーティなやりとりもつまびらかにされていく。
最終的には、毎日新聞は社説に書いたことと矛盾する行動を取るにまで至る。
いまの弱小ぶりから、『庶民の味方』というイメージのあった毎日新聞だが、
やはりパワーゲームと無縁ではいられなかったのだな、と認識を新たにした。

「毎日新聞を救う」ための「駆け引き」の痛快さと、
「市民の木鐸」が使う「卑怯な手口」の不快さの奇妙な同居―。

しかし事態は、意外な方向に動き、
影響は日本経済にまで及んでいく。あとは、本を開いて欲しい。

日本の裏側をのぞき見できる一冊である。

AMAZON

| | コメント (0) | トラックバック (0)

刑事マガジン+1

 家の本棚をひっくり返し、出てきた「刑事マガジン」3冊を読み返したのがおととい。今年は出てないのかな…なんて思っていたら、出ていた。「刑事マガジン+1」というタイトルで。

 今回は「犬神家の一族」も取り上げているため、刑事のほかに『探偵もあるでよ」という意味で「+1」と銘打たれている。

 表紙は、「スケバン刑事」松浦亜弥。中身も考えずに表紙買いする人が続出すると踏んだか。この本全体では、30代以上限定の加齢臭の世界が待っているというのに…。

 竹内力アニキや、旧作メンバーでもある長門裕之(俺的には蒲生警視)のインタビューが読み応え。巻末には南野陽子も登場。

 続いて登場するは「+1」探偵の「犬神家の一族」。老骨にむち打つのは、市川崑ではなく石坂浩二である。我らが大野雄二御大のテーマ曲は今回も健在(公式サイトによれば音楽は谷川賢作)。

 今回満を持して「ケータイ刑事銭形雷」を取り上げている。現在セカンドシーズンを放送中だが、「トミー」国広富之が出ていたファーストシーズンは全て録画(1回だけ失敗)した。

さらには、ファンも多い「相棒」も特集アリ。そして「本ワルおやじ三人衆」小沢仁志、竹内力(本誌2回目の登場)、哀川翔のインタビュー3連発。サムライ兼刑事の藤岡弘、インタビュー、そして『全てを脱いだ悪役』西田健も語る語る。

 「特捜最前線」DVD化記者会見の記事も特捜っ子には嬉しい(ファン投票なんて、俺聞いてねぇぞ!とほぞを噛んでもはじまらん)。キャストの老けっぷり(とくに荒木しげると夏夕介)もさることながら、「巨匠」長坂秀佳のご本尊もはじめて拝むことが出来た。特捜で死んだ二人、荒木しげる(爆死)+誠直也(銃殺)の同い年対談もGoodだ。

 そのほか「骨盤体操」川津祐介、「オノデン殿下」小野寺昭インタビューでは「時代劇オババ」ペリー荻野がその刑事魂トークを見事に引き出している。

 しかし今回なにより衝撃を受けたのは、「ケータイ刑事」の草刈正雄インタビューの直後に映画「ヅラ刑事」の特集が載っていたこと。…編集者の巧みないた「づら」に、感銘を受けた次第だ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

GYAO MAGAZINE

スーパーで見かけた「GYAO MAGAZINE」(創刊号)を購入。
280円と安く、気楽に買ってみた。
版元はUSEN。「EYESCREAM」という雑誌の増刊という扱いである。

中身は映画情報、テレビ情報を中心に、インタビューからカルチャーまで幅広い。
安っぽい「日経エンタ!」という印象。

特集は「ハチミツとクローバー」。
なんだギャガの宣伝か、と思ったが
別の配給会社(アスミック・エース)だったのでちょっと感心。

そのほか気になったところ
・エアギターメガネ・金剛地武志の連載(暑くても三つ揃い)
・妙に「桜塚やっくん」押しである(関連記事が4つもあるのはいかがなものか)
・「すべてを疑え!」で頭の固さを惜しげもなく披露している放送評論家・坂本衛氏のコラム(女性漫才師を従えても相変わらずの仏頂面はさすが)
・ローカルテレビコーナー「ロカナビ」。(第1回はテレビ埼玉。たぶんこのあとTVKとか北海道テレビとか成功例が続くのだろう。岩手の局は載らないんだろうな)

エンタメ好きには暇つぶしになる雑誌という印象を受けた。

まあ、最大の特徴は
GYAOとあまり関係がない」
であろうか。
最近GYAOはよく見ているけど、この雑誌のPRはしてなかったような気もするし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

テレビ雑誌・年末年始号

例年、2大テレビ誌である「TVガイド」と「ザテレビジョン」は
(「ザ・テレビジョン」ではなく、「ザテレビジョン」なのがミソ)
この時期になると分厚い年末年始号を同時に発売するのだが、
今年は「ザテレビジョン」が3週間ぶちぬき号を発行したのに対し、
「TVガイド」はクリスマス号と称し、通常通り1週分のみの発行となった
(いつもよりやや厚みがあり、土・日分までフォローされているが)。

「テレビジョン TVガイド」でブログ検索したところ
いわゆる「ジャニヲタ」のブログばかりが出てきたが
(どちらも横並びでSMAPが表紙になるし、
何しろ年末年始TV誌はジャニーズエアチェックには必須なのだ)、
やはりジャニヲタなみなさんにも今回の「分裂」は結構な衝撃だったようだ。

今日になってこの2誌の分裂状態を発見したのだが、
「ザテレビジョン」の「3週分」のインパクトはやはり大きく、
「TVガイド」はかなりこれでやられたのではないかと一瞬思った。
とはいえ、分厚くて使いにくい3週分より、
薄い2週分の(であろう)「TVガイド」を選択する人もいるかもしれない。(※)
「クリスマス号」の「TVガイド」の表紙はキンキキッズで、
次号は明らかにSMAPなので、ジャニヲタにも案外売れそうだ。

ちなみに、番組表自体はもうインターネットで取得できる時代なので、
「テレビヲタ」の自分は、年末年始号を
「隣県のTV局と地元TV局の特番放送状況を比較する」ことなどに
専ら利用している限りである。(だから通常号は購入していない)

とはいえ、古くからこの両誌の熱い戦いを見続けてきた者にとって、
この分裂はちょっとした驚きであった。
戦いといえども年末年始号は横並びだったからだ
(出版業界の慣行などもあり横並びにせざるを得なかったとも考えられるが)。
それこそネットの影響もあり、
ライバル誌を出し抜くための努力も必要になってきたということか。

※(12/21)
TVガイド年末年始号発売。やはり表紙はSMAP。
厚みはテレビジョンとほとんど同じ。
番組表は正規2週分とサービス番組表を約10日分プラスしたもの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

まだまだ刑事マガジン


 まだまだ奴らは疾(はし)ってた。

 しばらく制作されなかったものがまた復活した…7年ぶりに横浜に帰ってきた「まだまだあぶない刑事」もそうだが、もう一つ帰ってきたものがある。「刑事(でか)マガジン」(辰巳出版)だ。第2弾まで制作され、その後お休み期間に入っていたが、「あぶない刑事」復活に伴い、我らが「刑事マガジン」も『まだまだッ!』と帰ってきてくれたのだ。

 本誌は今秋公開の映画「まだまだあぶない刑事」をスペシャル・フィーチャー。舘ひろし、そして鷹山刑事の素顔に鋭く迫るロング・インタビュー。さらに「恭さま」こと柴田恭兵の意気込みも聞く。畳みかけるように、脇役俳優(鑑識役まで!)やスタッフへのインタビューでより「あぶない刑事」のアウトラインが明らかになってゆく(あぶ刑事の母、脚本・柏原寛司と大川俊道のWインタビューが1ページというのが惜しいか)。

 サントラの鬼(と呼んでいます)・高島幹雄による充実のサントラ案内も必読。「あぶ刑事」は音楽もまたよかった。劇伴もそうだが、舘ひろしによるエンディング・テーマも楽しみなのだ。なんと幹雄プレゼンツの恭さまディスク「あぶない刑事 YUJI THE BEST」も紹介されている。

 そのほか「相棒(第4シーズン)」「女刑事みずき」としぶとく刑事ものにこだわるテレビ朝日(後者は「京都もの」枠だが)のドラマ2本を取り上げる。

 吉例、「伝説の刑事」へのインタビューも竜雷太、藤木悠、倉田保昭、苅谷俊介とウレしい面々が今回もそろっている。

 豊富な連載も楽しみのひとつ。マゲマニア・ペリー荻野らによる対談や、竹内力と小沢仁志の「ヤクザ刑事」作品ばかり取り上げる宮地菊夫によるVシネ案内も見物。

 今回最大の収穫だったのは、巻末の「柳沢慎吾インタビュー」。芸能界に入ったのも刑事ドラマコントがきっかけだったという慎吾、刑事ものへのこだわりは並のものではない。敬愛する山さんこと露口茂の完コピ、さらに萩原健一、松田優作、舘ひろしとモノマネを続々披露。
 慎吾ちゃん自身は刑事ものへの出演経験も幾度かあるものの、念願の「ドンパチ」は未経験という。その熱い思いも語り尽くしている。
 警察つながり、ということでもちろん伝説のネタ「警察24時」も見事に演じている。一代芸・タバコトランシーバーの発案者は意外にもTMN・木根尚登という秘話も語られている。
 時おりしも8月末。高校野球の興奮さめやらぬ慎吾、刑事ものインタビューだと言ってるのに安藤優子のネタを披露した上に、インタビュー時間の3分の1を高校野球に費やしたらしい。「デーテデッテデッテデッ、ワッショイ」もやったんだろうなぁ。

 辰巳出版さん、VOL.4も待ってますよ。だって刑事は不滅ですもの。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

これが俺の芸風だ!!

ダチョウ倶楽部・上島竜兵の初自伝&写真集「これが俺の芸風だ!!」を読む。
まあ売れる本ではないと思うが、竜ちゃんの「スベり芸」を認める身としては、読んでおかねばという気におそわれ購入した。

この本は、「太陽さま」こと竜ちゃんの酒席での名言と、竜ちゃんやその仲間に対するインタビューで構成される(上島竜兵著とあるが、実際には後述の「竜兵会」メンバー、デンジャラス安田が主に執筆しているようだ)。

竜ちゃんを芸人として認める数少ない存在である志村けんは、著書「変なおじさん」で竜ちゃんを「つまらないのがおもしろい」と評する。「これが俺の芸風だ!!」を読む限り、それは竜ちゃん自身も分かっている。自分のポジションや能力を冷静に見極めている。

もともと俳優志望の竜ちゃん。(往年の)たけしやダウンタウン松本のような当意即妙のおもしろさも反射神経も持ち合わせていない。

しかし竜ちゃんとて、ギャグを発するときに何も考えていないわけではない。技術のつたなさは経験がカバーする。抑えるべきところは抑え、出るときには出る。ときにそのタイミングも失敗するが、それも笑いにつなげる。

日々の疲れを癒すため、毎夜のごとく居酒屋「野武士」で開かれる飲み会「竜兵会」は、その名の通り竜ちゃんが「首領」であるが、竜ちゃんは後輩をたしなめるどころか逆にバカにされ、もてあそばれ、そしてひとり酔いつぶれる。そして竜ちゃんはきょうも全裸で(ちっちゃいちっちゃいアレも全開で)歌を歌うのだ。

一見単なるバカ騒ぎにも見える「竜兵会」が、実は芸人たちの研鑽の場でもある。きつく叱りつける者はいない。その立場であるはずの竜ちゃんが一番勇気づけられているほどだ。その姿を目にする後輩たちが、竜ちゃんをよき見本、そして悪い見本とする。

竜兵会は基本的にはB級芸人の集まりだが、劇団ひとりや土田晃之、インスタントジョンソンなど売れっ子も輩出する。密かに「竜兵会」はエリート集団と化しているのだ。その頂点で竜ちゃんはひとり酔う。

飲み歩き家庭を顧みない竜ちゃんであるが、「落ち込んだときにはかみさんの顔だ」と明言する。妻・広川ひかるの存在はやはり大きい。

前半と後半に掲載されている、酔った竜ちゃんの放つ名言集のオトボケもあり、自伝の重苦しさはない。関西弁が飛び出す高校時代の親友との会話など、人間・上島竜兵の素顔もかいま見られる。盟友・肥後克広と寺門ジモンのインタビューでさらに竜ちゃんの魅力(とバカさ加減)はつまびらかになっていく。

写真集としても価値がある。美しい桜の木の下で、豆絞りおじさんに扮し最高の笑顔を見せる竜ちゃん。1ページめくれば、仲間と飲んだくれて目の据わった竜ちゃん。
なぜか京都で舞妓に扮する竜ちゃん、故郷の中学校で青春を取り戻す竜ちゃん、童心に返り遊園地でおどける竜ちゃん。ややシュールながら、どこかほのぼのとした写真。ほっとしたかと思えば、また居酒屋で真っ赤っかの竜ちゃんが出てくる。お約束通り、最後にはカラオケスナックで全裸の竜ちゃん。

愛すべき「太陽さま」がここにいる。

これが俺の芸風だ!!」お勧めです。

※ あわせて、先述のデンジャラス安田によるブログ「上島語録」も必読。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暮しの手帖

あの「暮しの手帖」が装いも新たにお目見えした。
聞けば、新しいデザイナーを迎えたとかで。

独特の手書き文字は健在だったが、
本文文字の長体・平体(文字を縦や横に伸ばしたもの)はほぼ姿を消した。
長体や平体は、写植が普及し始めた頃
(つまり「暮しの手帖」の黎明期)にはモダンな技術だった。
いまは時代遅れになってしまった。

長体・平体がなくなっただけでも、
同誌の「時代から取り残されたような独特の雰囲気」が消え去り、
近代的雑誌に見えてしまうのだからふしぎである。

「暮しの手帖」は、スキャンダル、広告、性の記事については載せない、
前近代的な編集方針を貫いているが、
現代においてそれは非常に前衛的で過激だ。
大企業が自信を持って世に送り出した数々の商品が、
「商品テスト」で糾弾されることもある。
そう、「暮らしの手帖」、本当は過激な雑誌なのだ。

それなのに、いまや本屋の片隅で静かに眠るように置かれるようになってしまった。
過激さが、あのアナクロな装丁の陰に隠れていたのではなかろうか。
まあ、あんなに古くさい装丁では売れないだろう。
あの装丁は、創刊者花森安治が生みだし、
彼の死後も、同僚である社長が守ってきたそうだ。

そりゃ、創刊当時のモダンガールだったおばあちゃんたちには
あれでもいいのだろうが、若い人には受けない。好き者以外は読まないだろう。

独特の「花森イズム」を守りたい、その精神は分かる。
だが、ほんとうに花森が守りたかった本質の部分は、
表紙のデザインや装丁などではないはずだ。
若い層に「花森イズム」の本質を伝えるためには、現代的センスも必要なはず。

それを、社長以下編集者たちが分かってくれたようだ。
今月号の装丁がそれを証明している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)