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落語家の通信簿

三遊亭円丈著。祥伝社新書。
「落語家が落語家を評論する」、著者曰く「世界初」の書。

評価を下す同業者(本人含む)は53名。
鬼籍に入った大師匠から、長老、笑点メンバー、
立川流、円楽党、若手ホープ、上方人気落語家まで…。

にわか落語ブームで「落語評論家」が書いた本を幅を利かせる中、
こういう人々が書く本は、
うさんくさいんだよな…とこの本を著したという。

自分じゃ落語もできないくせに、
「この落語家が一位!」なんてぬかすな、と。
ああ、こりゃ堀井憲一郎だな、と。

異常な数の落語会を鑑賞し、いつ仕事してるの?と思うような
「落語依存症」もいると。これは広瀬和生。

こういう評論家を標榜する人たちと比べ、
円丈自身は、常日頃から他の落語家の口演を
いつも聴いているわけではないという。

ろくに聴きもしないで同業者を批評するな、
という声もTwitterで聞いたが、
序章で円丈ははっきり、
「落語家が、人の落語ばかり聞いてるわけにもいかない」と言っている。

広瀬みたいに、異常な回数の落語鑑賞をした上での評論、
というのも常軌を逸しているが、かといって
あんまり落語に触れていない人の評論は、
あまり信用はできない。

だったら、プロがプロについて語ってやろうじゃないか。
そして円丈はこの危険な賭けに出た。

序章で円丈は「落語の楽しみ方」を提案していく。
よくあるガイド本にもこんな一節はあるが、
プロ中のプロは、ジョークを交えながらレクチャーしていく。

「落語なんて娯楽なんだから、楽しめばいいのだ」
という見方には全面同意する。
それこそ広瀬のように、過去の誰それの口演を引き合いに出して
比較したりなど、現実味に乏しい。

落語は高尚な芸術なんかじゃない。娯楽なんだから。
その「たかが娯楽」に落語家が身を削って腐心する。
それを客は高みの見物としゃれ込む。それがいい。

何も予備知識をため込んで理論武装して、
落語家に対峙する必要はない。
そんな考え方を、円丈は序章で教えてくれる。

そして実際に落語家を評価していくのだが、
もちろんこれは見てのお楽しみ。

評論する53名のうち、
知り合いの落語家が多いのはしょうがないが、
あまり接触がない落語家で、人気落語家とされる人たちも、
俎上にあげている。

通して読んでみたが、本気だかどうだかわからないところもいい。
自らを採点してみせるところなんかは、円丈節の真骨頂だ。
先述の堀井や広瀬、福田和也あたりの
「落語評論家を気取る落語の素人」へのイヤミも痛快である。

中でも談志以下、立川流の人気落語家を論じる章は
ネット上で話題になっている
(それでこの本を買ったのだが)。

立川談志に対しては、辛口ながら思い入れも感じさせる一方、
「談志イズムの継承者」立川志らくへの書きぶりは辛辣で、
「おすすめ演目」欄に至っては「おすすめしない!」。

確かに、師匠譲りの「高慢」「傲岸」が気になる人には快哉…なんだろうが、
いいのこれ?と思ってしまう。
読んだ志らく本人は「私はあんな書き方しません」とさすがに少し腹を立てている。

円丈としては、くぎを刺したつもりなんだろう。
「お前、それでいいと思うなよ」、と。
志らくやそのファンが反応することを分かっていて、あえて書いている。

近年の円丈は老いもそろそろ隠せなくなっているが、
やはり牙は磨いているのだ。

そう、若き日の円丈がその牙をむいた、兄弟子の三遊亭円楽についても、
相変わらず辛辣な評価を与えている。
弟子は促成栽培で甘やかしだから大した落語家もおらず…と一門にも冷酷だ。

しかし実際、円楽会で客が呼べる落語家というと、
六代目円楽くらいしかいないのも事実であり…。

口跡…いや筆跡は過激だが、はたと膝を打つ一冊であったと思う。


落語家の通信簿(祥伝社新書)

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