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落語言いたい放題

個人的には、落語はいまのままでは衰退すると思っている。

以前もどこかで書いたかもしれないが、
日本の生活文化と、落語の世界の乖離がおびただしい。
長屋、ご隠居、一分二分。

「1円!もうかった」なんて、いつの話だ、
というたとえを出すまでもなく。

そもそも、落語のジャンルの一角を占める「女郎買い」だって
いまや「犯罪」だからね。

現代との乖離をよしとする風潮が、
落語にはあるけれど、
同じ道をたどるのが歌舞伎や能、文楽。

能や文楽と比べたら歌舞伎なんて大盛況じゃないか、
といわれるかもしれないけれど。

「四段目」「七段目」なんて落語があるように、
歌舞伎は庶民の娯楽だったはずなのに、
いまや万札出さないと満足に見れない高級エンタメ。

それに比べりゃ落語は…
5000円払うような公演もあるにはありますけれど、
基本的に寄席は2500円程度。

ちょっと話がそれつつあるが、
いずれ、世間から離れていけばいくほどに
「文化財」化するのは確かで。

あまりにディープすぎるファンが多すぎるのも、
それはそれで問題じゃないかと思う。
敷居が高くなっちゃう。

たとえば、音楽評論家だか落語評論家だかよくわからないおぢさんが
「俺は音楽評論のかたわら、年間350回の落語会に行ってるんだゾ!」と
エバってるけど、どうなんですかね。

「5月4日の三越ホールの志の輔は神がかった高座だった」
みたいなことを言ってるけど、
知らねーよ、って話で。

このおぢさんじゃなくても、
ブログなんかで「聞くに堪えない高座」
「聞いていて心地よくもないのに、眠りの世界へ…」なんて
軽々しく評論するプチ落語評論家の多いこと多いこと。

もっと気軽に楽しめるといいんだけどね、落語なり寄席を。
言いたい人には言わせておけばいいのかな、と思うが、
こういう人たちはとにかく「古典第一主義」で、
新作派や漫談派、爆笑派にはつらく当たる「プチ評論家」も少なくない。

そうなると、つまらない新作落語を聞くくらいなら、
つとめて古典落語を聞くべきだ!となり、
敷居がどんどん高くなりますな。
伝統芸能化が進みますな。朝丸ですな。

逆でしょ。
分かりやすい新作から入って行って、
じょじょにディープな世界に入っていくべきで。

それを頭ッから「新作落語なんてものが流行るから…」
などと言うから、みんな落語を遠ざけるんじゃございませんかね。

古典落語だって面白いし、
今でも色あせない名作はごまんとある。
ただ、言葉や世界観が難しい。
たとえば「なか」という言葉が「吉原大門の向こう側」を指すのだが、
知らないと何も理解できない
(そもそも「吉原大門」ですら説明が要る)。

それをハナから理解させようったって、
いまや売春は犯罪ですから無理ですよ。

そういう現状を見ずに、古典こそ最高の芸術だ、
RAKUGOはジャパンのオーソライズされたアイゼンチーチーだ、
なんて持ち上げるから、落語がすたれるんですよ。

ディープな古典至上主義者は、
初心者を引きずり込んじゃダメ。
年間300席も聞くような、常軌を逸した行動ができる
評論家筋をありがたがっちゃいけない。

敷居は低く、笑いは大きく。

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