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「藝人春秋」水道橋博士

「藝人春秋」水道橋博士(文藝春秋)。

たけし軍団の一員「浅草キッド」の、
ちっちゃい方、髪の毛が生えてきた方の著書。
その署名通り、芸人筋には大変評判となっている話題の本だ。

年末近くにネット書店で注文したところ、
初版売り切れで、重版入荷待ちを食らった。
奥付には「12月25日第3刷」とあった。
最高のクリスマスプレゼントであった。

冒頭の序文は、
あえて読点(「、」)を排除したと思われる、
いささか読みにくい文章で、びっくりする。
ただこれは「作戦」なのだろう。

この著書は、博士が雑誌などに寄稿してきた
エッセイ約15本(一部書き下ろしあり)に、
「後日談」を書き加えた構成となっている。

「藝人(芸人)」は、博士自身であり、
かつ各章で紹介する、広義の「芸能人」である。

中学の同窓生であったミュージシャンの甲本ヒロト、
「言葉の魔術師」時代の古舘伊知郎から、
堀江貴文、湯浅卓、苫米地英人といった「奇人的」実業家・文化人まで、
その「藝人」はさまざまである。

冒頭に「クリスマスプレゼント」という喩えをしたが、
そんなチンケなものとは比べものにならないほど、
博士は豊かな語彙で「暗喩」「伏線とその回収」を繰り返す。
くどいくらいに。もうこれは「言葉の芸術」である。

古舘伊知郎の章では、
さながら古舘が乗り移ったかのごとく、
博士が古舘を「実況」してみせる。

お笑いの世界で鍛えた「言葉力」は、伊達じゃない。

そして博士は取り上げる対象の人物に対する、
「興味」という名の愛情に満ちている。

本の中盤に取り上げる堀江、湯浅、苫米地の3人に対しては
「大風呂敷の変な人間」という評は通底しているものの、
どこか「尊敬の念」をもって、記している。

ただし、客観視し「一定の距離感」を常に置く。

たとえば草野仁については「スーパーマン」と絶賛するが、
どこか茶化した感じが漂う。

逆に、業界の大物、テリー伊藤に対しては、
「過去の行状」「現在の奇行」を併記し、
その人物像をつまびらかにしようとする。

(掲載された時期やメディアが違うというのはあるが)
文体を変えながら、「藝人」を紹介していくが、
甲本ヒロトを再度取り上げる章から、
ダジャレ・隠喩のたぐいが減り、少し重たい文体になっていく。

なので、それまでの章のように「言葉の魔術」を使って
グイグイ引き込んでいく説得力は、やや薄れる感はある。

最終章の稲川淳二についても、
これも朝日新聞の記事をすでに読んでいることもあって
衝撃は少なかった(稲川の家族に関するとある事情。
知らなかった人は、驚くと思うが)。

虚を突かれた、と思ったのは、
「あとがき」である。

それまでも、師・ビートたけしについては
随所で触れているし、最後も「北野武」について記すのだろう、
と思っていたら、実際には、「児玉清」のことを取り上げているのだ。

児玉の著書「負けるのは、美しく」を、
その書名が印象深かったという感想とともに紹介する。

死の直前の児玉との、印象深い仕事、
そして得意の「切り絵」を添えた手紙をもらった話を記し、
「この本を、児玉さんに捧げます」と結ぶ。

なんとも意外であった。

(浅草キッド名義含む)博士の著書、
また本書に取り上げられている書籍の
どれ一つも読んだことはないのだが、
「負けるのは、美しく」だけは読んだことがあった。
それなのに内容を何一つ覚えていなかった。

博士は言う。
「本を読む悦びは結末があることだ」。
そういえば、中盤くらいまで読んで、
ほっぽり出している本が何冊もある。

恥ずかしくなった。

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