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番組の途中ですが

東京発のラジオ番組をいくつかタイマー録音しているのだが、
困りものなのが、途中で挿入される「ニュース」。

ニュースも東京発信であれば全国共通なので、まだあきらめもつくが、
ローカル局が発信するような交通情報や気象情報のたぐいは
「この地域だけ、この部分だけ聴けない」という仲間はずれ的な状況に、
ついついくやしくなってしまう。

とくに演芸番組なんかだと最悪だ。
落語をはじめとした話芸というのは、
演じているものが「作品」なので、
その途中を棄損しただけで、作品全体の価値が落ちてしまう。

画廊で売ってる絵画が、1センチ四方の穴があいただけで
売り物として成立しなくなるのと同じだ。

話の前段、落語で言うマクラであればまだいいのだけど
本編をバッサリいかれると…。

もっとくやしいのは、アナウンサーが
「さも当然」のように番組に乱入してくるところ。

…冷静に考えれば「当たり前の行為」だというのは、
分かってますよ。
でも、後から録音で聞かされるほうはたまったもんじゃない。

数日経過した「大雨情報」だの「通行止め情報」を聞かされたって
何の役にも立たないんだもの。

「テレビ」なら、速報は「テロップ」なので、
番組の内容の棄損が少ないのだが、
ラジオの場合は、番組音声をオフして、その上から別の音声をかぶせるので、
完全に番組を「破壊」しているのだ。

それを「番組の途中ですが」で済ませるんだもの。

NHK盛岡放送局に上原康樹アナという、
地元ではカリスマ的なアナウンサーがいるのだが、
この人が担当したときには、
「落語の途中で申し訳ありません」という一声から入った。

これはさすがだな、と思ったが、
こういう入り方をするアナウンサーはまずいない。
番組を壊しているのは変わらないわけだけど、
こういう言い方が出来るかどうかは、やはりスキルの差を感じる。

まあそれはおいといて。
番組の「破壊」。
ラジオというのはそういうメディアなんだ、
という前提は分かってますよ。

タクシーやトラックの運転手とか、
ながら聞きする人にとっては、
落語の内容より交通情報のほうが大事なのも、分かってます。

だけど、これだけ技術が発展した世の中で、
ラジオの開闢とさして変わらぬ手法が
未だに続いているのは、どうなの、と思うわけで。

「録音する際はニュース速報が入らない録音機器」なんかあれば…と思うけど、
おそらく向こう20年くらいは実現しないだろうな。
このような「発明」を、「ラジオ文化の否定」みたいに言う人も
必ず出てくるから。「ラジオメディアの同時性を破壊するのか」みたいなね。

しかもこのような機器を実現するためには
放送のやり方を変えなければならない。
デジタルラジオとかネット配信とか、
今だって全然発展途上だし、そもそも必要なのか、みたいな話もあるし
(こう言ってる自分も、デジタルラジオには懐疑的だったりする)。

相変わらず「何が言いたいの?」と言われそうな文章であるが、
要するに、「番組の途中ですが、じゃねーよ」と言いたいのです。

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