« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

ポカは起こる

顧客から預かっていたデータをバックアップも含めて全部消去してしまい
大騒動を巻き起こしたレンタルサーバ業者F社が、
第三者委員会による報告書を公開した。

専門用語が多く、わかりにくいのであるが、
要点は以下の通りである。

1)データ消失の「主犯」は1名。
 メンテナンスにおいて、社内で認められていた方法ではなく、
 「自分で作成したプログラム」を使用していた。

2)メールシステムのトラブルにおいて、
 そのプログラムを「汎用性があるもの」と思い込み、
 やや書き換えて使ったが、「バグ」があった。

3)テスト環境下で試したが、異常を発見できず、
 上司が会議中だったため、承認もろくに得ずに、
 作業を続けてしまった。

4)その結果、バックアップ含め、ほぼすべてのデータを消してしまった。

さらにもう1つ事故があった。
それは「情報漏洩の可能性」であった。

消えてしまったデータを復旧させようとして、
やや「乱暴な」方法をとったのだが、
その方法では、他人のデータが、混じってしまうおそれがあった。
しかし上記の事故であわててしまっていたこともあり、実行してしまう。

結果、「他人のデータが混じっている可能性がある」データを、
顧客が取得してしまった、のだという。

なんともお粗末…。

「主犯」1名を特定した上で、さらに「上司」の監督不行届にも言及し、
そして「組織全体の規律の乱れ」へ持っていく流れなのだが、
ここで既視感に襲われた。

東海テレビ「ぴーかんテレビ」の「セシウムさん」騒動の報告書である。

「過失」と「故意」という違いはあるが、
事件が「ひとりの暴走」という点に帰着している点では同じだ。
そしてそれを見抜けなかった、周囲のスタッフ達…。

程度の差はあれど、こういうことは、どこでも起こりうることだ。
社内文書で決まっている業務上のシステムを無視して、
自分で勝手に作ったルールで処理している人、いませんか?

それで何も起こらない確証があればいいけど、
とんでもない事態になったとき、上司は責任取れますか?

F社の「主犯格」の人間がいまどのように過ごしているのか、
とても気になる。もちろん、おそらくF社を追われることにはなるだろう。
業務上の過失で、損失を請求されたりしても、
弁済する能力はないだろうし。

突然過失責任を押っつけられた上司も、ある意味気の毒だ。
悪いと言えば悪いけど、何も起こらなければ平穏無事に過ごせたはずで…
そうならないように目を配るったって、限度があるし。

ま、顧客として考えれば、取引先で取り返しもつかない事態が起こる可能性は、
常に考えていた方がいい、ということは、
教訓として、頭に入れておきたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さようならを言わなかったつかちゃん

フジテレビの塚越孝アナが亡くなって1ヶ月。
自殺という衝撃的な形であった。

生前塚越アナ(実際はアナウンサーの職は辞していたが)が
手がけていたのが「お台場寄席DOUGA」などの、
動画サイト「見参楽」。

塚越アナは、話し手であった経歴を生かし、
聞き手に回る番組に出演するほか、
落語の知識を生かし、落語の動画を配信する「お台場寄席」を
まず音声で立ち上げ、この動画サイトに企画を移し、
それと並行して落語イベントを立ち上げてもいた。

また、昨今盛り上がりを見せる「飲み歩き番組」に「参入」。
自らレポーター兼飲み歩き人として出演。

タイトルは「つかちゃんの酔いの口ワイド」。
ニッポン放送時代のラジオ番組を彷彿とさせるようなタイトルで、
往年のファンを喜ばせようとしていた。

これらの動画番組はiTunesで配信され、
iPodなどで見ることができたが、
彼がこの世のものでない状態で発見された6月26日に、
配信が全てストップされたままとなっている。

それから約1ヶ月。
サイトは完全に消去され、
配信休止について」と題されたお知らせページのみが残されている。

理由は何も記されていない。
このページを訪れた者100%が理由を知っているはずなので、
その理由を書かないのはどうか、などという指摘は
『野暮』というものなのだろう、が…

「当分の間」「配信の再開」とも書かれているが、
おそらくつかちゃんなしでは難しいだろうから、
期待はしない。

ただ、フジテレビが制作していたのは間違いないのだから、
理由を視聴者に向けて説明してはくれないだろうか。

本来なら、塚越アナがそれをすべきだったのだが、
突発的に黄泉に旅立っていったつかちゃんが
我々にそれをすることはない。

それで、せめてお見送りをさせてほしい、と思うのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

くれぐれもお幸せに

「FNS27時間テレビ」のエンディングで、
タカアンドトシのタカが、同棲しているという元テレビリポーターに
プロポーズする、という場面があった。

「強制的にプロポーズさせられた」のほうが正確だったが。

番組では、最後の大イベント「大縄飛び」に向け、
「いいとも!」の出演者への激励メッセージ、
という形で、知人たちからのビデオメッセージが寄せられていた。

ほかの出演者は、芸能人からのメッセージだったが、
タカだけは母親が登場。

「なんで母親なんだ」というツッコミの中、
母親は「なっちゃんと早く結婚しなさい」という趣旨のことを話した。
なっちゃんとはタカの彼女、
番組では言わなかったが、同棲しているという。

で、VTRが終わると、タカが明らかにうろたえた表情になっている。
そして、司会者から「なっちゃんと電話がつながっています」と言われ、
「結婚する、とプロポーズしてください」とうながされた。
画面には「タカ、生プロポーズ!」のテロップ。

番組は生放送で、時間がないことは、タカもプロだから承知の上である。
プロポーズしないと番組が進まないか、
進むとしても雰囲気が最悪になってしまう。

もう、「結婚しよう」と言わざるを得ないのだ。

しかし画面からは、タカの逡巡が手に取るように分かる。
テレビ番組には演出(≒やらせ)がつきものだが、
タカはあきらかに顔面蒼白で、
「おっ、おれ、何も聞いていないぞ!」という顔である。

電話から聞こえる「なっちゃん」の声は弾み、結論を求めている。
スタジオは「早く言っちゃえよ!」「お幸せに!」という雰囲気。

で、タカはうながされるままに「結婚してくれるかな?」と言わされたのだった。
サンケイスポーツが記事にしているのだが、
この文面ではとてもその状況が伝わらない。

サンスポが言う「意を決したように」なんてのは完全に間違い。
タカは明らかに「なんでここで言わなきゃならないんだ!」という
不満そうな表情で、プロポーズを「させられて」いたのだ。

周囲は「おめでとう!」と言わんばかりだったが、
タカの顔は紅潮というより青ざめるばかりで、
笑顔はついぞ見られなかった。

タカはまだ「遊んでいたい」んだと思う。

タカをかわいがっている人物に「志村けん」がいる。
言わずもがな、浮き名を流したあげく、
60歳を過ぎても結婚できていない。

タカはいい意味でも悪い意味でも志村がお手本になっていて、
「志村さんがまだ嫁を取らないんだから、おれも…」
というのは、あっただろう。

もちろん、もちろんであるが、
60過ぎても結婚をしない志村を手本にするのは、
世間一般の常識から考えればおかしい話で、
タカも36歳、家庭を持つべき年齢なのだ。
周りがはやし立てるのも、ある意味当然のことだ。

それでも、プロポーズというのは本人の意志があってのことで、
周りが強制するのには、違和感を感じる。
そうでもしないと幸せになれないぞ、という「親切心」は、
「余計なお世話」ではないのか。

番組では、SMAPの草彅が100キロマラソンをクリアしたものの、
出演者陣で大縄飛び50回、という「最終ゴール」もクリアできず終わった。
強制プロポーズの後味の悪さも漂った。

スポーツ紙の見出しにもなり、
タカはこのまま婚姻届を提出せざるを得ない状況となった。

「プライベートに踏み込むのはテレビとしてどうか」という言い方はしない。
芸能人にプライベートなんてものはないからだ。

ただ、結婚の約束という「人生最大の決断」を、
「公共の監視」「時間の制限」「世間の常識」を盾に、無理矢理やらせるのは、
ちょっと違うんじゃないかな、と思った次第である。

…お幸せに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝のイオン

イオンが朝7時から開店するようになった。
節電に協力するため(産経)、とか
もっともらしいことを言っているが、
同業者から客をごっそり持っていく魂胆なのは明らかである。

朝からスーパーに行って買い物をすれば用が済み、
ほかの店に行く必要がない。
それを身をもって経験した。(笑)

土曜日は朝9時まで食料品5%引き、
それ以外もおにぎり、弁当などが5%引き。
その上、早朝スタンプカードや、50円引き券など、
他店に客を流出させまいという、
安売りの波状攻撃で客の心をがっちりつかむ。

そもそも朝7時開店なんて、
お盆の時期にやられていたようなことを、
毎朝やるわけだから、店員には相当な負担だろう。
そのうえ割引攻撃。
体力のある大手だからできること…というのは、
以前も指摘したことであるが

中小スーパーは相当知恵を絞らないと、
生き残れない時代であることを、
朝から実感するのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いじめの構造

神社によってご神体とされている「那智の滝」を登攀したとして、
有名なロッククライマー(「登山家」とはちょっと違うらしい)が
仲間らとともに軽犯罪法違反で逮捕された。

容疑者は「悪いと思ったがやってしまった」と供述している。

テレビで良くある、高層ビルを無許可で登って、
降りてきたところを逮捕されるガイジンの冒険家みたいな感じか。

Twitterではこの容疑者がボロクソに言われている。
そもそも何の犯罪で逮捕されたかもよく分からない連中が、
一斉にバッシングを加えているような状況である。

まあ、言われてもしかたない立場ではあると思うが、
それにしても、山を登っていた人間が一気に転げ落ちたとき、
それを大勢でよってたかって谷に落とそうとする構造は、
昨今かまびすしい「いじめ」を思わせる。

この容疑者の場合、32歳という若さで
「世界的に著名なクライマー」という立場を誇っていたにもかかわらず、
「分かっていながら、無許可でロッククライミングする」という
子供のような行為に及ぶ、というところが、叩かれやすいのだろう。

しかもその場所が「ご神体」とされているような
「神聖な場所」というのがミソで、
「神聖な場所を犯す」という、
麻雀で言うドラがついてしまった。
イーファン追加の満貫だ。

で、ますます叩かれていく。
マスコミもざまあみろ、とばかりの報道を繰り返す。
スポンサーからの契約も「社会人としての意識に欠ける」として
解除されてしまった、という報道も出ている。

このクライマーが「性根入れ替えてやり直す」機会を、
与えてやれないもんだろうか?

完膚無きまで叩きのめして、あげく廃業させれば一丁上がりか?
それは、子供を追い詰めて自殺させた構造に、近くはないか?

何も学校だけじゃない。
「いじめ」はそこかしこに生まれているのだ。

そこのあなたも、いや、私も含めて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

目を見たままのOJIGI

※昨年1月に書いた文章を手直ししてアップする。

日経ビジネスONLINE、原田泳幸CEOと日本GE藤森義明CEOの対談。
ド直球の外資、米国系企業2社を率いる経営者が、
「社内公用語」について語っている。
結果を言うと、両者ともに「英語の強制」は否定している
(1年半前の対談なので、考え方はこのままかどうかは分からないが…)。

原田はおもしろい例えをしている。

「なにぶん力不足ではございますが、微力ながら努力したいと…」という
日本人なら何の違和感も持たない挨拶を、
英語に直訳すると大変なことになる。

「何だって? 能力がないと自分で言っているのかこいつは?」と、
アメリカ人なら思うわけだ。

逆にアメリカ式に「私は能力があります。自信もあります。私に任せなさい」と挨拶したら、
それを聞いた日本人は「なんだこいつは? 怪しいぞ?」となってしまうのである。

おもいきり背伸びして、相手を安心させようとするアメリカ人と、
謙虚な姿勢を見せ、最初にハードルを下げる日本人。

初めて合う人間に挨拶するときは、相手に頭を下げ、目をそらす日本人が、
英語を使ったところで、真意が伝わるはずがないのだ。

その逆もしかり。よく、来日したガイジンのアクターが、
試写会などで日本人のマネをして頭を下げることがあるが、
彼らはかならず客席に目を向けたまま頭を下げる。

あれだ、昔のゲーム「カラテカ」のような、顔を前に向けたままのおじぎだ。
あの滑稽さは比類ない。

ガイジンは「相手の目を見る」ことが美徳だと、
DNAレベルでたたき込まれているからああいうことをしてしまうのだ。

そう、シェイクハンドの感覚のまま“お辞儀”をしようとして、
“OJIGI”になってしまうのだ。

「やあマイケル」「こちらこそ、ショーン」と言いながら、メリケン人は握手をする。
「やあ淳二」「こちらこそ、一郎」と言いながら、
お辞儀しあうバカな日本人はどこにもいない。

トゥー、ストゥーピドゥ。トゥトゥトゥのドゥーである。

楽天のスローガン「スピード!スピード!スピード!」も、
本来ならば「スピードゥ!スピードゥ!スピードゥ!」と
発音しなければいけないのだ。ドゥドゥドゥのドゥー。

ジャピングリッシュでアメリカ人に勝てるはずがない。

日本語もろくにできない奴ならなおさらだ。
「なにぶん“役不足”ではありますが…」なんて言っているような奴が。

原田は「日本を知ってからの異文化だ」と説く。
日本を知らずに外国を見てもそれはただの根無し草。
逆に、日本を知って、さらに外国を知れば、
より日本がなんたるものか分かる、というのだ。

日本人の留学生が減っているという。

かくいう自分も、学生時代に留学を勧められたことがある。
まあ、実家が裕福でもないこともあり、丁重にお断り申し上げたが、
もしあのとき留学していれば、こんな電脳空間でくだをまくような
ネクラ人間にならずに済んだかもしれない、と後悔している。

親がビンボーでなかったらなぁ。(笑)

いまごろ、英語を華麗に使い世界を飛び回るビジネスマンになれたかもしれないのだ
(空想ですよ、空想)。

…ただ、ビジネスマンに本当に必要なのは語学力よりも
向上心とか度胸とか、そっちだろう。語学は後からついてくる。

英語を使うのは、英語の文化のある場所でこそ役に立つのだ。

藤森はもう少し英語使用に寛容で、チャンポンでもいいという。

ただし、日本語は日本語の感覚があり、英語は英語の感覚がある、という。
英語を使っているときは脳はイングリッシュモードに切り替わる。
世界もすべて英語の世界、“人が変わる”のだ、と。

楽天の社内ミーティングを想像すると滑稽でしかたない。
「ディスイズジャパニーズフェイマス、オウ、モースト・フェイマス・サーキー」
「モースト? リアルゥィ?」
「ユーノウ、ディスサーキーブランドイズモースト・フェイマス」
「オーイエス、ユージロ・イシハラ、サング“しょ~ちくばい~”」
「ハーハーハー!」…あほか。

こんな打合せを日本人同士でやるのか?

カナダ人のマーケターが中に入るから英語を使うのだ、だと?
バカいうんじゃない。日本の仕事をするのなら、
逆にそのカナダ人に日本語を教え込め、と言いたい。

世界規模の話をするなら英語で結構。
でも、日本のお酒を英語で語るのは、英語圏の国でやってくれ、と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新聞社の傲慢さ~テレビ欄

きのう買ってきた「毎日新聞」の岩手版。
テレビ欄に目をやると、おかしなことに気づく。

Terebi1

岩手県の番組表はまだいいが、
その脇にある他県の番組表。
なぜこの並び順なのか。
宮城県のテレ朝系、青森県のテレ朝系、
宮城県の日テレ系、秋田県の日テレ系。

県境の人が、他県のテレビを受信できることもあるので、
他県の番組表を併記することはよくあるが、
この4社が選ばれている基準は判然としない。

宮城県はちょうど4局あるので、
それをそのまま載せればいいではないか。

宮城県4局のうち2局だけえり抜かれ、
しかも青森県の放送局をはさんで表記する必要が、
どこにあるのか。
さらに、チャンネル順でも開局順でも、
ミヤギテレビの方が先に来るべきで、
東日本放送が先頭にくるのは理屈に合わない。

おそらく、「毎日新聞社」との関係性で、
この順番、この内容で掲載されることになったんだろう。

ほかに、読売の岩手版の場合は、「ミヤギテレビ」だけが
岩手の4局と同じ大きさで並んでいる。

ミヤギテレビは日テレ系。
読売新聞社との「出資」の関係だろう。

産経は青森・秋田・岩手がテレビ欄をいっしょくたにされ、
3県のテレビを全チャンネル並べているのだが、
NHKを除く民放は以下のように並んでいる。
Terebi2

なんで秋田と岩手だけ「朝日」が下になるんだ?
「2段」と書いたが、これは朝・昼と夜の2段組にして
表記している、という意味である。
まあ、読みにくいことは間違いない。

産経が朝日を嫌うのは分かるが、
これじゃ朝日じゃなくて、読者への嫌がらせだ。

青森県はちゃんと開局順に並んでいる。
なぜ「青森朝日放送」だけきちんと収まっているのか、
というと、どうもフジサンケイグループの資本が入っているからのようだ
(しかし秋田朝日放送のほうが、比率は高いんだが…)。

地元紙・岩手日報もある意味露骨である。
Terebi3

グループ会社である「IBC岩手放送」を先頭=左端に持ってくるため、
「開局順」に並べている。NHKも右端である。

アナログ放送時代からこの並びであるが、
地デジ移行後、チャンネル順ではなくなった。

しかし岩手日報はこの並び方を変えなかった。
旧来の読者としてもこのほうがしっくり来る、というのは
あるかもしれないが、
岩手日報社にとっても、グループ会社の番組表を
誇示するほうが、より大事なのだろう。

読者よりも、新聞社とテレビ局の資本関係のほうが、
新聞社にとっては、大事なんだな。

その関係性、いわゆるクロスオーナーシップに
手を突っ込もうとしたのが「小沢一郎」らしい。
その後、新聞・テレビが小沢をどう扱ったかは、
皆さまご存じのこととは思うが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

実はあの人って…

BSの番組で「石川啄木」の特集をやっていた。
没後100年ということで見直そう、ということだったが、
番組では「石川くん」という、啄木の現代語訳を手がけた作家が出演、
「夭逝の文豪」と誉め讃えられがちな啄木を「ダメ~な兄ちゃん」として、
親しみやすい人なんだ、ということを紹介していた。

今でこそ有名になったが、啄木は怠け癖があって女好きなダメ人間、
という評価?が高まりつつある。
といっても今日のBS番組では「23歳を期に改心した」ということも
別の評論家から語られていたが。

「ローマ字日記」という、啄木の書いた有名な日記がある。
今日初めて「どぎつい」と評判の部分を、
原語(といってもローマ字だが)で読んでみた。
なるほどこりゃひどいわ。手首まで…って(笑)

これに比べりゃ、ジェームス三木のスケベメモなんて、
パンダ面ジジイの戯れ言にすぎない
(まあ、あれはあれでジェムミキの評価をだいぶおとしめたが…)。

岩手が誇る郷土の偉人、二大巨頭のもう一人、
宮沢賢治も「聖人」の評価が高いが、
浮世絵収集の趣味があり、実際は「春画コレクター」だった、という話もある。
そう聞くと、一気に親しみやすくなるではないか。

1000円札の顔、野口英世も「日本が誇る偉人」と言われているが、
研究熱心の一方で、金にはかなりだらしない人で、
恩師に金を無心したり、研究所から借りた本を勝手に横流しして換金したり。
さらに、婚約者を「ブサイクだから嫌い」と公言してはばからなかったという(Wikipedia)。

しかし「業績」のほうが大きすぎて、
結局、野口のそういう「人間くさい部分」は語られず、
「偉人」として、キレイな部分だけが語り継がれてきたわけである。
まあ当たり前の話だけれど…。

聖人君子なんて、この世にはいないんだよ。
みんな人間なんだよ。
…そう思うと、なんとなく勇気づけられるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

トヨタはお嫁に行きました

河北新報が連日「トヨタ自動車東日本」に関する記事を掲載している。 世界企業・トヨタが宮城にやってきた!とフィーバーぶりは半端ない。

河北は「東北地方を代表するブロック紙」を自認するが、 ほとんど宮城県内でしか売れていないので、宮城県紙と考えて差し支えない。 だから「富県・宮城がまた『富』を手に入れた!」と喜ぶのは当たり前の話だろう。

トヨタ東日本は、旧来の「関東自動車工業」が母体となっており、 岩手県金ヶ崎町にある関東自動車の工場も、 トヨタ東日本の工場となった。

しかし当然ながら、岩手県紙の岩手日報は「トヨタ自動車東日本」の誕生を、 あまり喜んでいるフシはない。(*)
トヨタ東日本の業績がどれだけ好調でも、 本社を宮城県に置く同社が納める税金は、全部宮城県に入るからだ。

また、トヨタ自動車東日本は、「関東自動車工業」のほか、 もともと宮城県にあった「トヨタ自動車東北」「セントラル自動車」の 3社が合併してできたものである。 宮城県には工場が2つある。下請け工場なども入れれば、 その経済的規模は岩手県とは比べるべくもない。まあ、もともとの経済力が違いすぎるし、地理的にもインフラ的にも、岩手は宮城には勝ち目はない。

旧来から「経済の負け組」一次産業県だった岩手県。それを返上すべく、関東自動車の誘致などで、血のにじむような努力をしてきた岩手県のお役人は、これまで「トヨタさまさま」だっただろう。

しかし、「トヨタ東日本」の誕生により、おいしいところを全部宮城県に持って行かれ、 モチベーションはだいぶ下がっているのではなかろうか。

幸い、なのか、トヨタの車は売れなくなっている。 関東自動車金ヶ崎工場でも海外輸出用の車を製造していたそうだが、 日本車が円高で売れないのは、ご諸兄はご承知だろう。

それでも、これまで官民力を合わせ、さんざん税金と労力を投下してきたこともあり、「東北6県全体が自動車生産基地となる」野望を、 岩手・宮城以外の県も巻き込んで考え続けているようだし、岩手県は自動車産業を基幹産業として引き続き重視していくのだろう。

ただ「東北を自動車のふるさとにする」という目標への道のりは果てしなく遠い上、自動車がこれ以上売れなくなるのなら、 その道を闇雲に進み続けるのは、いささか徒労という気もする。

この際、「トヨタが来た」宮城県にはがんばってもらい、 岩手は岩手で、「トヨタは伊達の国にお嫁に行ったんだ」と割り切って、また新たな成長のタネを追い求めるのも一つの手ではないか。

まあ、それを見つけるのは容易なことではないけれど…

*岩手日報は、13日から急に思い出したかのようにトヨタ東日本を記事にし始めている。「あわて日報」と揶揄されがちな岩手日報だが、今回は、まわりが落ち着いてからじっくりと分析し始める「岩手らしい」態度を見せている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

立川流騒動記

「立川流騒動記」立川談之助・著。

立川談志の古参弟子が書き記した、立川談志一代記とも言うべき書である。

筆者は、群馬で生まれ、落語にハマって明治大の落研に入る。
談志の「ぞくぞくするような」高座に惚れ込み、
半ば思いつきで、談志門下となる。

当時の談志は脂ぎって血気盛んな頃。
しかも国会議員でもあった談志に付いての修行は、
血のにじむような3年間だった、と言う。

議員時代の行状や、理不尽な言動など、
談志のいやな部分をいやというほど見ることになる。
もちろん、愛らしい部分もあったと言うが…。

前座修行がようやく終わった…と思ったときに、
「落語協会分裂騒動」、そして「立川流創設」という、大きな出来事が、
談志、そして筆者をはじめとした弟子らを待ち構えていた。

筆者は協会分裂騒動を「円生と正蔵の仲の悪さ」と
「談志と志ん朝の微妙な関係」に尽きるとし、
また、真打ち昇進基準の見解の相違というささいな出来事を
分裂騒動にまで仕立て上げた張本人、フィクサーは
まさに立川談志その人に間違いない、とする
(意外なのは、新協会立ち上げに動いた先代円楽について
「孤立した円生を気の毒に思っての行動だった」としている点。
談志と同じ黒幕だと思っていたのだが…)。

そして重要な分水嶺・談志一門の協会脱退。
一言で言えば「(先代)小さんの政治力のなさ」が原因だ、という。

円生脱退騒動を受け、真打ち昇進は試験制になってしまう。
形だけ試験をやって全員合格、という「ナアナア」にすればいいものを、
竹刀のようにマッスグ過ぎる性格の小さん。
「不合格者も出さないと権威が出ませんよ」と、
周りからの余計な入れ知恵を鵜呑みにしてしまい、
結局不合格者を出してしまう。

しかも技量で合格不合格を選んでいたわけではなかった。
「大御所の弟子なら合格しやすい」など、
不明朗で公平さに欠ける「合格基準」を見抜いた筆者は
当時それを落語の題材にもしていたという。

そんなあやふやな基準で弟子を落とされた談志、
当然の如く怒り狂うが、
マッスグ小さんには談志を取りなす能力もなかった。
そして談志は一門で協会を飛び出てしまうのである。

「立川流」は寄席に出ることができなくなるのだが、
筆者をはじめ、弟子たちは「寄席に出られない」ことで
何も困ることはなかったという。

とくに筆者は、三遊亭円丈らと「実験落語」に取り組み、
一定の成果を上げてもいた。

しかし、あまりに談志サイドにうまく転がりすぎる状況に、
筆者は「談志は最初から協会脱退後の筋書きを
全部用意していたんじゃないか」と、「陰謀論」まで持ち出す。
もちろんジョークめかして、だが…。

先述通り、筆者は談志の人間的に嫌な部分や、
脱退に至るまでのドロドロを、すべて見ている。
そして協会を飛び出た談志は、悪名高い「上納金制度」などで、
やりたい放題を尽くしていく。

そのあとの、談志の人間的にちっちゃい部分を
どんどん列挙するくだりは、必読である。

「晩年、談志の芸は落ちた」という表現も使っている。
快楽亭ブラックですら言わなかった言い回しである。

むしろ、それだけ筆者は、
立川談志という落語家に惚れ込んでいたという証左だろう。

若き日に筆者は、談志の「ぞくぞくするような」高座を目の当たりにしている。
立川流創設後、そのような高座はなくなってしまった、と記している。
そこまで書いておきながら、最後に筆者は談志に対し感謝の言葉を述べ、
本著を締めくくっている。

本書の内容に関し、「談志に一番愛された弟子」立川志らくは
「こんなことを死んでから言うのは卑怯だ」
「死人に口なしで発信するのはバカだ」と
兄弟子にも構わぬとばかりに、だいぶご立腹しているが、
「ずっと身近にいた」からこそ客観視できるわけで、
愛情があるのはむしろ筆者や、快楽亭ブラックのほうであろうと思う。

「談志亡き後の立川流など、単なる親睦団体だ」と切って捨てる。
立川流は、立川談志そのものなんだ、と。
これで愛情がないというなら、なんなのか。

単なる偏愛ではない。一見冷たく突き放しているようで、
やっぱり愛してやまない、談志に対する思い。

生きているうちに言えったって、
聞き分けるような人じゃない。
そこまで分かってこそ、言えることなのだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

お笑いハラスメント

「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ)で放送された企画、
「酒豪No.1決定戦」について、
「飲酒ハラスメントを助長する」などと抗議を受け、
フジテレビの社長が『行きすぎた面があった』と会見で認めた。(日刊スポーツ

またも「お笑いいじめ」か…とあきれ果てる。

この番組を見ていたが、飲酒を強要する趣旨ではなく、
番組出演者全員が酒を飲み続け、誰が最後まで寝ずに残るか、
というのを競う企画である。

まあ、「お笑い三人組」「夢であいましょう」あたりから
「お笑い」の基準が変わってないような人には、
眉をひそめたくなるような番組だと思うが…

いずれ、この番組には「イッキ飲みを助長する」ような
内容は含まれていなかった。

要するに、「考えすぎ」なのだ。

抗議してきた団体というのが、
「飲酒運転で子供を亡くした親の団体」だという。

もう「私たちに抗議する人間はヒトゴロシです」と言っているようなもので、
「反論を許さない」圧力団体そのものではないか。

『お子さんを亡くした親御さんたち』なら、
反論した時点で「世論(≒他のマスコミ)」からバッシングを受けるので、
あとは受け入れて屈するしかないだろう。

番組の主役たるナインティナインの岡村隆史は、
BPOなどからこの手の抗議がされるたびに、
ラジオ番組で憤慨しているが、今回はさすがに沈黙を守っている。

確かに飲酒運転でお子さんを失った方々には
かける言葉もないけれど、
だからといって、本人たちは何を言ってもいいわけじゃない。
『お笑い』をいじめていいってわけでもなかろう。

だからといってお笑いなら何をしてもいい、と言うわけでもないが、
お笑いはそれこそ「お笑い三人組」の時代から、
いろいろ「迫害」を受けてきたことは想像に難くない。

「そんなものをお笑いにしていいのか」
「俺たちを笑いものにするな」…。

松本人志(ダウンタウン)は「もうテレビでお笑いはできない」と言っている。
規制が多すぎるからだ。

それでも、NHKでレギュラーのコント番組にも挑戦したが、
結果(視聴率)は散々なものだった。

お笑いといえば、志村けんも長年コント番組をフジテレビで持っているが、
今ではスペシャル以外は、深夜帯にひっそり続けているだけである。

「作り込んだ笑いの時代じゃない」とも言われるけれど、
抗議に受け答えするのが面倒で、
自主規制に走るテレビ局の姿勢も影響しているんじゃないのか。

最近はテレビ番組でモザイクの数が異様に多い。
町中で撮影したVTRでは、通行人の顔すべてにモザイクがかかっていたりする。
「肖像権の侵害だ」と言ってくる一般人への対策なのだろう。

情報番組でもそうなんだから、お笑いなんか格好の「いじめの対象」だ。
なぜなら「抗議しやすい」からだ。

古来からお笑い番組は「社会の害悪」とされてきた。
全国PTA協議会が「子供に見せたくない番組」の
ランキングを毎年発表したりしている。

しかし、子供に見せたくない番組を見て育った子供が、
銀行強盗になったり、連続殺人犯になったりするという
エビデンスはあるのか? 研究結果があるのか? 

もっと殺伐としたことは世の中に氾濫しているし、
いまの政治の体たらく、経済のダメっぷりのほうが、
よっぽど子供に悪影響ではないのか?

お笑いというのは本来「毒気」のあるものだ。
そのお笑いから毒気を抜いて抜いて、最後に何が残るというのか。

それとも、テレビのみならず、
地上からお笑いの撲滅を目指しているとでも?

「抗議されない立場」を振りかざして、
お笑いをいじめるヒマがあるなら、
もっと別なことに知恵を使うべきだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キレイゴトばかりの世の中で…

最近、世の中きれいごとばかりだと思う。
マスコミは細かい不祥事ばかりをほじくるから、
優等生のような政治家しか出てこない。
タレントは一つの出来事であっという間に失脚する。

悪いことの一度や二度、誰だってしている。
それすら許さない世の中って、どうなの、と思うのだ。

清濁併せのむなんて言葉も、いまじゃ通用しない。
何もヤンキーのような政治家を育成しろ、
ゆすりたかりの1回くらい…などと言うわけではない。

たった1回居眠りしただけで鬼の首を獲ったかのように報道する
マスコミの肝の小ささを言いたいのだ。

勝新太郎なんか、あんなに悪さをしたけど、
最後まで「名優カツシン」でいられた。
いまじゃ絶対そんな扱いは受けられまい。

悪いことをしたことがない奴が生き残るのか、
それとも、悪いことをしてもごまかすことができる奴が生き残るのか。
どっちにしたって、あまりいい世の中じゃない。

失敗した人間を奈落に突き落として、
溜飲を下げて愉しむ…
そんな世の中、いいはずがないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

疑問を持つ~芸能編~

「覆面バンド」として有名なGReeeeNが、「初コンサート」を行った。

ところが当のコンサート会場に、本人達は姿を見せなかった。
会場に流れたのは、メンバーが動いている様子のシルエット。
CGでモーションキャプチャーして作った映像だという。

後半ではメンバーがナマ電話で会場に呼びかけ、
観客は大喜びであった。

マスコミはこの「初ライブ」を好意的に伝えていたのだが…。

「お前らファンをナメてんのか」と思ってしまった。
(※個人的な感想です)

このモーションキャプチャーのCG作るのに、
何人のえらい大人たちがヒーコラ言ったんだろう、と思うと、
どうにもやるせない。

観客は事前に作られたCGを見ているだけ。
納得づくの客がほとんどなんだろうけど、
そうまでして覆面バンドを貫いて、何が楽しいの?と思うのだ。

聞けば、メンバー全員、本業は福島の歯科医だそうで、
本業とバンド活動を区別したいのだと言う。

本業とバンドの兼業については文句はないし、
しかも福島県での歯科医活動と聞けば、
いやぁ、素晴らしいですね、頑張って、とは思う。

震災でも遺体の検視などに携わったと聞く。
ただ、それとこれとは別の話。

百歩譲って、ステージの裏で生演奏する、ってんなら、
そこまでは許す。だってコンサート会場にいるんだもん。

顔を出せば本業に差し支える、というのも、
分からなくはない。
「身近な歯医者さん」でいたい、という思いも尊重したい。

でも、万難排して集まったお客に、
「事前収録の映像」、しかもCG加工したものを見せて、
電話をかけただけで喜ばせるなんて、
ほんと「何様のつもりか」と思うのだ。

というか、モーションキャプチャーCGというけど、
ほんとに本人達かどうかすら怪しい。
それを確かめる術はない。だって本人達が出てこないんだから。

1週間くらい練習すれば、ダンサーなりバンドマンなり、
誰だって「なんちゃってGReeeeN」にはなれるだろう。

この「覆面コンサート」も「えらい大人たち」の指図の可能性もあるが、
決断するのは自分たちだろうから、やっぱり「方針」なのだろう。

自分たちは「徹底した覆面バンド」で満足しているようだし、
客も「生身」がいない状態でも満足しているようだけど、
ほんとうにそれでいいの?
と言わせていただく。

もう一つ、「マスコミの言い分、世間の感想を疑いたくなる芸能の話題」。
小林幸子の記者会見である。

例のお家騒動を釈明する趣旨で行われたものだが、
以前から続く、小林側の分が悪い報道は覆っていない。

小林は会見にあたり、テレビに関しては全社集めた記者会見を拒否し、
キー局4社との単独会見という手法をとった。
このことにも批判が集まっているが、過去にもそういうやり方をした例はある。

小林の言うように、ワイドショーのレポーターから
矢継ぎ早に質問が飛ぶ「つるし上げ」に遭い、
即答できないのを「幸子、しどろもどろ」とボロカスに言い、
「やっぱり小林幸子は悪の権化だ」とばかりに
報道されるのは目に見えている。

だから単独会見という手法はあり得るはずなんだが、
どのマスコミも「悪いことを隠したいから特殊な手法をとるんだろう」
という論調になりがちだ。

小林側だけが悪者にされているのだけど、
じゃあ、元社長側の言い分は誰が検証するの?とも思う。

そもそも元社長は「一般人」であることを理由にマスコミに顔も出さないし、
名前すら秘匿されてきた(最近、実名が報道され始めたが)。

小林側は顔も名前も出して正々堂々言っているのに、
元社長側は物陰から言いたい放題言っているように、見えなくもない。
顔出しOK・NG、匿名・実名というと、当ブログが言えた義理ではないが…

たとえば、ここまでもめる前にお互いに面と向かって話し合えなかったのか、
という疑問に対しては、
小林によれば「元社長側は会ってくれない」、
元社長側は「お会いする余地はあった」と食い違う。

で、スポーツ新聞やワイドショーは
元社長側の言い分だけを全面支持し、
「会おうとしない幸子が悪い」という論調に傾く。
本当に元社長側は「いつでも会いますよ」という態度だったのか?

例の「本音メール」だってそうだ。
「元社長側はやっぱりお金が欲しかったのね」…
そう思ったならそれでいいではないか。

それを「小林幸子は誠意がない」と断罪し、
あまつさえ「睡眠導入剤でモウロウとして出したメールだ、
なんていいわけは苦しい」と斬って捨てる。

確かに「睡眠導入剤」はちょっといただけないけど(笑)、
もうちょっと小林側の言い分は聞いてやってもいいんじゃないか。

しかも、本音メールを受けた人物は
小林側、元社長側両方と親密な可能性が高いというが、
結局、その本人も「協力費」ほしさに、
メールの中身をマスコミにリークしただけではないのか?
無償ということはあるまい。

仮に、マスコミから菓子折1つももらってない、としても、
そういう「ユアアイズオンリー」なメールを
漏らしてしまう方も、よっぽど誠意がないではないか。

「彼らは絶対正義の味方!」「かわいそうな被害者!」
「こやつは絶対悪者だ!」と決めつけ、
1つの見方に固執するのでなく、
悪者にされている人の言い分も聞いてやる。

マスコミは、今も昔もそれができない。
原発再稼働とか、オザワさんとか…

まあ、人のふり見て、我がふり直せ、ですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »