ザ・浅草芸人 中二階の男 チャンス青木
山中伊知郎・著、山中企画発行。
奥付によると本日が発売日である。
タイトル通り「チャンス青木」について書かれたものである。
漫才のナイツが、ネタで「青木チャンス師匠が、チャンス青木師匠に改名したのは
浅草のビッグニュースだった」なんていう小噺を繰り出すのを、
聞いたことがある人もいると思う。
この本の主人公こそ、その漫談師「チャンス青木」である。
はっきり言って「浅草でくすぶる無名芸人」の一人だ。
あのビートたけしとほぼ同期。
芸歴だけは妙に長いが、売れたためしがない…
芸能界にはそんな人はごまんといる。
華やかばかりではないのだ。
この本は、チャンス青木がなぜ売れないか、の理由を羅列したようなものだ。
面倒見はいい。先輩からも「青ちゃん」と呼ばれて親しまれる。
生来の堅い性格から、現在の漫才協会の事務方まで務めたこともある。
しかし自らの芸は不器用で、柔軟性がない。
漫才コンビを結成しては早々に解散することを繰り返しており、
そんな自分の「失敗」を、後輩には経験させまい、と、
舞台上でも自分のウケはそっちのけで、後輩のPRに余念がない。
大御所風を吹かせることもなく、
後輩からいじられることもいとわない。
芸人たちからは愛されていて
酒の席では大いに笑いを取るが、これが客の前ではさっぱり…。
要するに「楽屋番長」タイプなのだ。(*)
青木のことは、この本を読んでもらうこととして…。
で、著者の山中伊知郎である。
早稲田を出て脚本家の仲間入り。「噂の刑事トミーとマツ」などで台本を書く。
その後、放送作家兼ライター(著述家)に転身し、ラジオレポーターなども経験。
著書は、ゴーストなどで関わった書籍も加えれば100を上回るという。
裏方としてお笑いの世界にも飛び込み、その迫力ある容貌を買われ「表方」として、
関根勤のお笑い劇団「カンコンキンシアター」のメンバーだった時期もある。
「イッチー」と呼ばれ、ファンからは親しまれた。
* 「楽屋番長」チャンス青木は、山中が「カンコンキン」でかつて共演し、
著書の題材にしたこともある俳優「剛州」に通底するものがある。
剛州は「楽屋番長」というより「内弁慶」に近いが…。
その関根の所属する大手事務所「浅井企画」とのパイプができ、
お笑いセミナー講師なども務める。
その卒業生の受け皿とすべく、芸能事務所として立ち上げたのが、
この書籍の版元、「山中企画」である。
うまくいけば、売れっ子ばかりの芸能事務所になるはずだった。
しかし「とっこねぇ」「デニッシュ」「波照間てるこ。」など、
山中が魂込めて育て上げた芸人は、どれもこれも鳴かず飛ばず。
売れっ子を輩出することなく、移籍や廃業が相次ぐ。
現在、山中企画は「Theかれー王」なる“カレー店経営者兼タレント”を、
細々とマネージメントしているだけである。
それだけでは収益が出ないので、本書のような書籍出版事業もはじめた、
というわけだ。その割には、売れそうもない題材を選んでくるあたり、
「やりたいことをやる」山中の姿勢の表れだろう。
本書で山中は、チャンス青木を自らと重ね合わせている。
どちらも、「好きな仕事」を、儲からないといいつつ、やめずに続けている。
“チャンス”の前髪をつかみ損ねた、というところも同じ。
いや、正確に言えば、これからチャンスがまだあるんだ、と、
心のどこかで信じて、好きな仕事を続けている、と言った方がいいだろうか。
巻末にも書かれているとおり、
本書の取材を山中が進めている最中に、
チャンス青木は残念ながら病に倒れる。
現在も高座に上がれない状態という。
予定していた出版パーティも、延期したそうだ。
やはりチャンスは、もうないのか…
いや、そんなことはないはずだ。
山中も、ブログで毎日のように「入れ歯が合わない」
「景気が悪い」など、マイナスな言葉を繰り返しつぶやいている。
あげく、書評だけをアップするブログでは「理想の死に方」まで語る始末。
しかし、心のどこかでは「まだどこかにチャンスがある」と思っているはずなのだ。
そうでなかったら、こんな本を発行することもあるまい。
誰の前でも、チャンスの神様がいつかは目を覚ますのだ。
(追記1) 5/31
著者ご本人からコメント頂く。恐縮。
出版パーティーは行っておらず延期したとのこと。
勘違いであった。本文修正済み。失礼しました。
(追記2) 5/31
某有名タレントがTwitterで当記事をご紹介、
アクセスが増えた。
願わくは、著者が望むように、チャンス青木ご本人が元気になって、
メディアにも顔を出してくれることだ。
(追記3)8/23
日経新聞で、漫談家「風呂わく三」が
浅草芸人の代表として、チャンス青木を紹介していた。
どちらかというと「バカウケ芸人」として伝えていた。
ただ、「愛される芸人」という描き方では山中の著書と一致している。
| 固定リンク
« 東北六魂祭 | トップページ | 被災地を見てくれ »
「芸能・アイドル」カテゴリの記事
- ハンサム紳士は嘘つき紳士?(2016.03.18)
- 帝国、終わりの始まり(2016.01.19)
- 幻のブログ(2016.01.11)
- 由紀さおり Complete Single Box(2015.12.13)
- 大吉駅長を見に行く(2013.11.03)
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 私のルパン三世奮闘記~アニメ脚本物語~(2015.09.06)
- 21世紀の落語入門(2014.03.23)
- 落語家の通信簿(2013.10.09)
- 「藝人春秋」水道橋博士(2013.01.01)
- なぜ、タイトルだけで人は新書を買ってしまうのか?それとも買わないか?(2012.11.21)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
本の紹介、ありがとうございます。
確かにはっきり言って、まともにいけば売れる本ではありません。
それを出した私の神経も、自分ながらちょっと疑います。
ちなみに、出版パーティーは、「行われた」のではなく、「延期になった」のです。
投稿: 山中伊知郎 | 2012.05.31 15:53