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打ち切りのうた(3)

(前回はこちら)

スカイツリーにほど近い場所に車を停め、
直子とあたりを散策する荻下。

サングラスにマスク、ヘアウィッグに帽子、という重装備。
痩躯をごまかすために、羽毛のたくさん入った地味な上着に着替え、
少しダサめなコーディネートに仕上げた。

スタイリッシュさで売っているだけに、
あまりオシャレにするとバレてしまうからだ。
その格好は、近くを歩いていた子供からも指を指されるほどだったが、
荻下亮だ!と言われるよりは百倍マシだった。

直子と手をつなぐ荻下。
目の前にはそびえたつスカイツリー。
ひとときのおのぼりさん気分を味わう二人。

その横を、ひとりの女性が通った。
主婦の千恵だ。
スーパーの袋を手に、自宅に帰るところだった。

いつも通る、スカイツリーのよく見える場所で、
カップルが仲むつまじくスカイツリーを見つめている。
いつもの光景…のはずだった。

春なのに、やけにモコモコした服装の男の手元を見ると、
どこかで見たような指輪をしていた。
棒が3本並んだような、はめにくそうな、ほかにないデザインの指輪。

そう、雑誌のインタビューに応える荻下亮が、
カメラに向かって見せつけていたシルバーアクセサリーだった。

「ン!?」
千恵は不思議に思った。
あんな指輪をする人は、他にいない…。

もしやあれは、リョー様なの?
隣にいる女は誰? 樫木優衣じゃないよね…。

突然、高鳴る心臓を抑え、千恵はスーパーの袋を手にしたまま、
二人の前に回り込んだ。

間違いなかった。特徴的なあごのラインは、マスクでも隠しきれなかった。
ああっ!という顔をした千恵。

へんなオバさんがいるな、と思っていた荻下だが、
そのオバさんの驚いた顔に、気づかないはずもなかった。

「行こう」直子の手を引き、荻下はその場を立ち去った。

千恵もその場を察し、それ以上は近づくことはなかったが、
その場にへたり込んでしまった。

あんなダサいかっこうをして、女と浮気するなんて…。
千恵の脳内に築かれていた「オギシタ城」が、一気に崩れ去った瞬間だった。

千恵が「ニュースキャスター家族」の第6回を見ることはなかった。
そしてもっと悲しいことがあった。
千恵の家には、視聴率を計る機械が取り付けられていたのだ。

月曜日発表された「ニュースキャスター家族」の視聴率は「2.7%」だった。
とうとう3%を切ってしまった。

しかし、打ち切りの報道で満足した各マスコミは、
この事実を小さく伝えたのみだった。

もうどうでもよくなった荻下はさらにぶっとんだ芝居を見せ、
悪のりしたスタッフがNGテイクまがいのカットをどんどん取り入れた第7回は、
業界でも少し話題となった。あの荻下亮がとうとうすごいことになったぞ…。

最終回の撮影が終わり、クランクアップ。
「お疲れ様でした」とねぎらいの言葉をかけられ、
夜7時から、スタジオ近くの高級ホテルのバンケットルームに場所を移しての打ち上げ。

酒に強い荻下は飲みに飲みまくった。
「力不足で…」「不徳のいたすところで…」と恐縮するスタッフを尻目に、
「いやいや、ボクの勉強不足ですから」と、殊勝で慇懃な態度に終始する荻下。

ペコペコするスタッフをなだめながらも、目が据わらぬ荻下であった。
さすがに、したたかに酔った。

その勢いで、タクシーに乗った荻下は、
自宅ではなく、新座にタクシーを向かわせた。

2万円近いタクシー代をポンと払い、
直子の部屋に入り、床に倒れ込む荻下。

「酔った…疲れた…寝させてくれ。自宅(いえ)はガキがうるさいんだ」

直子が言う。
「今度、正社員になるんだ」

「そう…それはよかったね」
荻下には、直子の出世など興味はなかった。

気のない返事を聞いたあと、直子が次に言った言葉こそ、
荻下を揺さぶる言葉だった。

「あのね…できたみたいなの」

「できた。できた…って、えっ」
答えは一つだった。
私生児が出てくるドラマを地でいく展開を、荻下は実践してしまったのだった。

酔いは覚めず、むしろ増幅し、
荻下の脳みそはかき混ぜられていった。

その晩、優衣は赤ん坊を抱きながら、安寧の夜を過ごしていた。
もう、夫がいない夜は慣れていた。

「ニュースキャスター家族」最終回を、
荻下は妻・子といっしょに見ていた。

荻下演じるキャスターは、私生児全員に父親となる男性が見つかったことで、
ひとりの生活を取り戻すのだが、寂しさを抱いて眠る、というラストだった。

「あなたの演技以外は、面白くなかったね」…優衣はそうつぶやいて、
テレビのリモコンで電源を落とした。

「実は、話があるんだ」荻下はそう切り出すと、
愛人の存在と、「私生児」の認知を妻に話した。

「もう、分かっていたよ」。優しく語る妻の慈愛に満ちた言葉に、
安心して、ため息をついた荻下。
「ふぅ」

その頬に、優衣は力一杯の平手打ちを見舞った。
激しい音に、なぜか赤ん坊は歓喜の声を上げるのだった。

その頃、残業中だった直子に、ニューヨーク転勤を上司が告げた。
千恵はすっかり、裏番組のドラマにハマっていた…
それぞれの日曜夜9時があった。

(完。この物語はフィクションです)

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