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打ち切りのうた(2)

(前回はこちら)

そして優衣はもう一つ、夫のある行動を見抜いていた。

子供ができたというのに、帰宅時間が遅いのだ。
ドラマの収録は、スタジオの都合で必ず夜10時には終わる、と
プチテレビの知り合いから聞いていたのだが、
荻下はほぼ毎日、深夜、ひどいときには翌朝の7時になって、帰ってくるのだ。

「ディレクターと飲んでいたんだよ」。
荻下はヘラヘラ笑いながら、シャワーを浴びに浴室に直行する。

おかしい。
夫の酒の強さは有名だ。
それなのに、酒のにおいがほとんどないのだ。
そのくせ、酔ったような芝居をする。

「女がいる」…。優衣はなんとなく、思い始めていた。
演技力でならした荻下も、妻には大根芝居しか見せられなかった。

場面は変わって、
スカイツリーの見える墨田区京島の住宅街。
特撮番組の頃から荻下のファンを長く続けている
主婦・波本千恵の自宅アパート。

当然日曜夜9時に見るのは「ニュースキャスター家族」だ。
リョー様、とつぶやきながら、画面に見とれる28歳。
夫は隣でスマートフォンをいじり、子供は部屋でテレビゲーム。
家族のコミュニケーションなど二の次。
唯一の楽しみが、荻下のドラマを見ることなのだ。

スーツを着てキャスター役を務める荻下は新鮮で、
千恵にとってはまさに日曜夜9時は夢の時間であった。

第4回の視聴率が月曜に発表された。
「3.1%」。これはもう奇跡である。

砂嵐を流してもまだこれ以上取れるのではないか、と揶揄され続けて
1週間が経過。
土曜日に、プチテレビの編成局で緊急会議が開かれた。

マスコミにも散々揶揄され、これ以上恥の上塗りはできない。
スポンサーも継続は困る、と言ってきており、
打ち切りやむなし、の空気が大半を占めた。

しかし、バラエティなら即刻打ち切りもできるのだが、
ドラマではそうはいかない。
撮影は進んでいるし、脚本もできている。
俳優陣のブッキングも向こう数回分済ませている。

それよりなにより、いきなりの打ち切りはドラマでは不可能だ。
視聴者に説明ができないし、のちのDVDソフト化もできなくなる。
バラエティのように「今週で終わります」のテロップを最後に出して
済ませるわけにはいかないのだ。

結局、11回シリーズの予定を短縮し、第8回で終了、という形を取ることとなった。
幸い、執筆済みの脚本は第7回までしかなく、
第8回で物語を収束させることで決着がついた。

当然この決定は他のマスコミを通じて報道されることになった。
折しも日曜の朝だった。
その夜には「ニュースキャスター家族」が放送される。

話題作りで、少しでも視聴率を上げ、
スポンサーへの体裁を整えたい、プチテレビの思惑もあった。

しかし、打ち切りが決まったドラマを
いまさら見ようと思う視聴者がどれだけいるか。

普段芸能ニュースにはほとんど興味がない千恵も、
友人からのメールでこのことを知ることになる。

がっかりした千恵だが、その日の晩もドラマを視聴した。
「リョー様がかっこいいことには変わりない。あとでDVDも買うし」。

次の日。視聴率は少し持ち直したが、3.5%と
相変わらずの冴えない数字にとどまった。

打ち切りが決まり、荻下も少し吹っ切れたようだった。
その日も撮影はあったが、打ち切りを冗談にするほどで、
肩の荷が下りたかのように、私生児役の子役と戯れるのだった。

荻下の撮影は午前で終了した。
午後は仕事がなく、帰宅すればよかった。

しかし荻下は、撮影スタジオ地下の駐車場に停めてあった
シルバーのアルファロメオに乗り込むと、携帯電話で話し始めた。

相手は、荻下の愛人だった。

年齢は24歳。一回り下の年齢の、映画会社契約社員の女性・直子。
撮影で知り合い、自然に恋に落ちたのだ。

直子の住む、埼玉県の新座に、アルファロメオは向かった。

新座に芸能マスコミが張り付くはずもなく、
荻下は安心して、直子のいるマンションの一室に消えていった。

早くから父を亡くしていた直子にとって、
荻下のような頼りがいのある男は、恋人であると同時に、
父親のような存在でもあった。

直子のような若い女性がひとりで住むには
いささか不釣り合いなマンションに住めるのも、
荻下の存在があればこそだったし、荻下としても、
第二の自宅のように、落ち着く空間だった。

どうせなら都内に住まわせたほうがいいのだろうが、
新座ならワンクラス上のマンションに住めるし、
なによりマスコミの目が届きにくい。
直子も納得づくだった。

荻下が直子との愛を確かめ合っていた午後のひととき、
都内の荻下の自宅では、優衣がぐずる赤ん坊をあやしていた。
いつまでたっても泣き止まぬ子。一番悩ましい時期である。

荻下は撮影中だ、と優衣は聞かされている。
さすがにこの日ばかりは、知己のスタッフと口裏を合わせたのだった。

数十万円はする薄手の革のジャンパーを再びはおる荻下に、
直子は「スカイツリーを見たい」と言った。

高層ビルの建ち並ぶ直子の職場からは、
とうていスカイツリーなど見えない。

夜の方がいいじゃないか、と荻下は言ったが、
夜だとかえって目立つから…という直子の言葉に納得し、
荻下は直子を乗せて、都内へと向かった。

つづく

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