落語台本「あの世寄席」(後編)
(前編はこちら)
談志師匠と円楽師匠、思い出話と行こうじゃないか、となって、
地獄の4丁目にある居酒屋「地獄庵」で一献。
あの世では…そう、地獄に来たんだから、こっちから見たあの世がこの世で、
この世はあの世で、あっちから見るとあの世がのこの世で…ってややこしいけど。
二人があの世とこの世の話で大盛り上がり。
「現世の落語協会も芸術協会も大混乱しているだろうな。
立川流も円楽党も関係ねぃや、芸協に混ざっちまえ、ガハハハ」。
一見他人事ですが、自分たちでバラしたんだから何とでも言えるわけです。
死人に口なしなんでありゃウソです。
グワハハハと高笑いし、おしゃべりの種はつきません。
銘酒「血みどろ正宗」を酌み交わしつつ、夜が更けていきます。
しかしそこは談志。ちゃんと腹の中では画策していたのです。
そう、獄協の会長の座です。
落語協会分裂騒動時にはミスって奪えなかった会長の座を、
今度こそ手にしてやる、と…。
談志は現世でしこたま貯めたゼニをあの世に全て持って行きました。
「地獄の沙汰も金次第」とは言うけれど、
自宅にため込んでいた万札の束300個から、
1円玉の入ったセンベイ缶700個まで、
カネというカネはすべて持ってきたから、閻魔様も驚いたと言います。
残してきた子供達は困らないのかと言えば、
息子は父親の印税で困らない、
娘は「ザッツ・ア・プレンティー」の印税でこれまた困らない。
ちょうど獄協の会長選挙が行われました。
都合がいいですね。
もちろん、談志はゼニをばらまいてワイロ。
かくて立川談志は、第49代地獄落語協会会長に就任したのであります。
もちろん談志は落語家として現役復帰します。
語り口にはすっかり全盛期のキレを取り戻していました。
一回地獄に落ちたことで、のどにつっかえていたいろんなモノも、
真っ黒い腹の中に落ちたのでしょう。
地獄にも寄席は当然あって、地名は現世と同じです。
「上野地獄谷演芸場」「池袋地獄山演芸場」「新宿地獄の森末広亭」
「浅草演芸へール」ヘルは地獄のヘルですね。
現世では寄席を締め出されていた談志は、
水を得た魚のように、生き生きとした高座で…
生き生きというか死んでるんですがまあいいでしょう。
とにかく元気な高座なんです。さすがは談志。
観客…これも全員悪人ですが、観客を沸かします。
「談志の芝浜はやっぱりいいねぇ」…
「いやぁ、俺はきのうの紺屋高尾のほうが好きだネェ」。
談志はほめられればほめられるほど、つけあがります。
取り巻きの方はそれでもいいんでしょうが、
残念ながら吉川先生も高田先生も、現世に置いてきてしまった。
「しまった、志らくを道連れにしてくりゃよかった」と談志師匠が
思ったかどうかは別として…。
つけあがると高座の方も、また理屈臭くなってまいります。
晩年の癖がよみがえります。
そりゃそうです、死んでまだ3日しか経ってないんですから。
死んで3日で会長ですから、相当なものですが。
「アメリカのジャズってのは~」、
「ヨーロッパ諸国と日本では、酒の飲み方も違います」とか、
知識をひけらかして、「俺はお前らとは違う」と客を見下し始めます。
こうなると観客の方も真剣に聞かなくなってまいります。
反対に、良い気分で噺を続ける談志でしたが、
客席に目をやりますと、コクリ、コクリと船をこぐ客がいる。
落語家は逆に燃えますので、
その客に向かって、“業の肯定”を説明し始めますが、
小難しいので反応しません。
こうなりゃ談志得意の“イリュージョン”だ!
と盛り上げにかかりますが、空気がダレてしまうと、
さしもの談志でも、もう難しい。落語の奥の深さですね。
きょう談志は「芝浜」を演っていたのですが、
噺の方はちょうど、「あんた、飲みなよ」のあたりにさしかかっていたにも関わらず…
「もう、やめた! 寝る客の前で落語はやれネェ!
『寝床』じゃねぇんだ!」
そう言って、談志は立ち上がって、高座から引っ込もうとします。
現世でもこんなことがありましたね。
しかし腹の虫が治まらぬ談志は、そのまま客席に降りていって、
まだ眠りこけている客を怒鳴りつけます。
談志「おい! あの立川談志がこうやって落語やってんだ! 起きゃーがれィ!」
客「…ぁ、あ、おぅ。あんた談志? なんでこんなところに…」
談志「こんなところもトコロテンもあるか!
金払ってんなら落語を真剣に聞いたらどうだ!」
客「何を~ぅ! いい気になりやがって! 落語家の分際で!」
談志「ラクゴカのブンザイだとぉ! やいやいやい!
ここにおわす方をどなたと心得る!
おわすったって俺のことだけどな! あの天下の立川談志サマだぃ!
元参議院議員だ! 沖縄開発庁政務次官を1ヶ月で辞めた男だぞ!」
客「それが何の自慢だ!」
談志「うるせぃやい! いいから出てけ!」
客「この野郎! さんざんバカにしやがって!」
談志「いいや、お前はバカじゃぁねぇぞ!」
客「なんでバカじゃねぇんだよ!」
談志「そりゃぁそうじゃねぇか、バカは死んだら、治るんだ」
(了)
※この台本は(出来具合から見れば分かるとおり)完全オリジナルです。
「地獄八景亡者戯(地獄めぐり)」は聞いたことがないので
参考にしてません、あしからず。
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