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エンガチョ感覚

被災地瓦礫を、西日本などの自治体が受け入れようとして、
住民の猛反発を喰らうケースが相次いでいる。

被災地である沿岸の住民ではないが、
岩手には住んでいるので、被災地の瓦礫は何度もみてきた。
とにかくあの量は地元で処理しきれる量ではない。

それなのに、瓦礫受け入れを拒否する人々の声は強い。
たとえ線量を計って「安全ですから」と説明を尽くしたとしても、
イヤだ、そんな計測信じられない、子どもの未来はどうするの、
これの一点張りである。

そもそも彼らはなぜ、
そんなに瓦礫受け入れ=放射能受け入れと短絡的に決めつけて、
徹底的に「抵抗」するのか。

それは、とりもなおさず、
「清浄を乱されたくない」「秩序を壊されたくない」の一心だろう。

東北の被災地? そんなの関係ねー。
瓦礫の山? そんなの関係ねー。
そんなものは現地で処理してくれ。

「子どものエンガチョ感覚」と評する人も多いが、
通底するところは同じだろう。

「縁がチョン」…縁を切りたい、という意味の幼児語である。

瓦礫はフクイチの周囲に埋めればいい。
そしてフクシマ(彼らにとっては「福島」ではない)をチェルノブイリのような「廃墟」にしたらいいい。
…まさに「エンガチョ」だ。

しかしエンガチョでは「お前らは人としてどうなんだ」と言われるから、
「瓦礫利権」なる言葉まで使い始めている。

放射能がなくても、こんな騒ぎは起きたかもしれない。
「アスベストが飛散する」「東北沿岸には未知の有害物質が…」とか言って。

「困ってるんなら、西日本に来なよ」というオタメゴカシも聞き飽きた。
それこそエンガチョ感覚だ。
ふるさとはそう簡単に捨てられるものじゃない。

「瓦礫ではなく人の撤去を」なんて表現にはほんとうに腹が立つ。
人と廃棄物を一緒にするなんて、言語道断だと思うが。

「日本中に放射性物質をまきちらせば
日本が世界からエンガチョされる」なんて言う人もいる。
でも、すでにされてますけどね。

それをどう回復させようという検討をしなければならないのに、
それ以前に国の中でいがみ合っている。

「とにかく、一度被災地に来てみろよ」と言いたいけど、
そんなの知らねーよバカ、で終わりだろう。

「絆」なんて嘘っぱちじゃないか。
大勢の大人が「エンガチョ」しているじゃないか。

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