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2011年9月

電源オフも早くして!

パソコンが「電源ボタンを押した後、どれだけ早く立ち上がるか」を
一生懸命、マイクロソフトはチューニングしているようだが、
「シャットダウン」時のスピードも上げて欲しい。

というのは、我が家(ったって一人しかいませんが)では、
パソコン一式(ディスプレイ、スピーカー、電源付きUSBハブ、モデムなど)を
すべて、スイッチ付きテーブルタップにつないでおり、
パソコンの電源を落とした後、そのスイッチを切ってしまうのだ。
もちろん節電のためで、これは震災のずっと前からやっている。

朝とか、出かける前に、パソコンを少しいじって、
さあ出よう、というときに「シャットダウン」しても、
なかなか電源が落ちずに、イライラすることがよくある。

たまに「更新をインストール中」状態になってしまうとさらに待たされる。
きのうも5分くらい待たされた。
あれは、選べるようにしてほしいなぁ。

XP時代はシャットダウン時に「更新をインストールしてシャットダウンする」
と表示されているので、単に「シャットダウンする」を選ぶこともできた。

実際は、Windows7でも「シャットダウン」のボタンに
更新があるときは「!」マークが表示されていて、
右にある三角ボタンから単なるシャットダウンを選べるはずなのだが、
「!」がまた小さくてなかなか気づかない。
というか、電源を落とす気満々なのでついつい「シャットダウン」を押しちゃうのだ。
で、5分くらい待たされる、と。

そうでなくとも、通常のシャットダウンも1分以上、
HDDがガラガラ言ってなかなか死んでくれない。
映画に出てくるしぶといゾンビか。

いちおう電源ボタンを押して「休止状態」にする設定にしてあるんだが、
これが結構信用できなくて、結局シャットダウンしたのと同じになってしまう。
ちょっと前もトラブルがあって、そのあたりにナーバスになってるので
シャットダウンをするようにしているのだが…

電源を入れるときだけじゃなく、切る研究もしてくださいよ、
マイクロソフトさん。

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さようなら、クボタ民謡お国めぐり

テレビ岩手が自社制作の子供番組「らどんぱ!」を
立ち上げるということで注目しているのだが、
その枠で放送されていたのが「クボタ民謡お国めぐり」。
さて、どの時間帯に移動するのかな…と思って、
同番組のWEBサイトを見たところ、なんとすでに番組は最終回を迎えていた

分かっていたらその最終回を見届けたのだが…
忸怩たる思いである。

なんといっても39年間続いた番組なのだそうで。
子供の頃から放送していたものが、
知らないうちに終わっているというのは哀しい。

東北6県ネットというと、大体は仙台のテレビ局が制作しているものだが、
この番組は「秋田テレビ」制作であった。

頻繁に東北各県でのロケを実施、
その県のご当地歌手を迎え、地場の民謡を聴かせていた。

まあかくいう自分もまず見ない番組ではあったのだが…
やはり、視聴者層の高齢化が原因だろうか。

スポンサーは農機具のクボタ。
「久保田鉄工」時代から、この番組の冠スポンサーとして支えてきた。
主なターゲットは「民謡を愛する農家」だったのだろうが、
その層もだいぶ薄くなっていたことは、想像に難くない。

震災も少なからず影響したのだろう。

当たり前のような存在が、消えてしまった喪失感を抱きつつ、
長い間ご苦労様でした、と声をかけたい。

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キャンパス寄席に落語は要るのか

NHKラジオ「真打ち競演」は今春から月末の放送が、
キャンパス寄席」に置き換わっている。

普段落語の公演もやらないような、片田舎の市民ホールを巡回し、
客はほとんど高齢者の「真打ち競演」と違い、
「キャンパス寄席」は首都圏の大学が収録場所である。

出演する芸人も、「レッドカーペット」や「オンバト」系の
イキのいい若手~中堅が多く、
そしてトリとして、MCも務めるサンドウィッチマンが爆笑をかっさらっていく。

サンドの前に落語家が一席演じるところが、
「NHKの良心」を感じさせるところか。
まあ、番組タイトルも「寄席」ですからね。

…しかしこれがどうもクセモノなのだ。
落語の部分で、明らかに番組のテンションが下がるのである。

たとえば、9月の放送で登場したのはモノマネの「ホリ」、
漫才の「マシンガンズ」、サンドウィッチマン、
そして落語は「三遊亭歌武蔵」であった。

ホリはネタのチョイスを少し見誤って笑いも薄かったが、
マシンガンズは得意のひがみネタでウケた。

その後恒例の企画コーナーで一息ついた後に、
落語の一席である。

歌武蔵は、落語を少しでもかじっている人ならご存じのように、
元力士で現在もでかい体をゆさぶり、一見「飛道具」風ながら、
本寸法の古典をじっくり聴かせる本格派である
(実際は新作も手がけているが)。

この日は風貌に合わせてハードルも下げ、
弱い相撲取りの噺「大安売り」をネタに持ってきた。

それでもそれでも。
学生には、落語はやっぱりキツいんだろうなぁ、と思ってしまった。

なにしろ人気芸人にサンドウィッチされての登場では
アウェー感がハンパない。

この日の歌武蔵はきっちり笑いどころを押さえてはいるのだが、
やっぱり爆発力のある漫才芸よりは、
若い客のリアクションも「薄い」のである。

なにしろ「町内の若い衆さんじゃありませんか」だものなぁ。
こんな言い回し、いまの若者には通じないもんね。
これだけでも、落語の「敷居の高さ」を感じさせてしまう。

落語の前のMCで、サンドウィッチマンと、補佐役の女子学生がトークをするのだが、
「落語を聴いたことはあるの」と聴かれた学生は
「高校生の時に、芸術鑑賞で…」と答えていた。

なんだよ、『芸術鑑賞』って。
要するに「見させられてる」奴じゃねぇか、って話である。

先ほども言ったように、この番組での落語はアウェー感がハンパない。
それこそ無理やり見させられる『芸術鑑賞』なのだ。

またサンドウィッチマンが余計なことを毎回言うんだ。
「これからは『スペシャルタイム』でございます。
生の落語を聴いていただきます」…

「落語は大事な芸能だよ、だから学生の皆さんにも聴いてもらいますよ」
という雰囲気づくりの度が過ぎる。
ますますアウェー感、芸術鑑賞感が増幅してしまう。

落語なんてそんなしゃちこばった芸能じゃないのになぁ。
もったいないなぁ、と思うのだ。

確かに、イキのいい若手の漫才と比べたら、
笑いは少なく、お上品かも知れない。

でも、アナーキーな落語も一杯ある。
新作落語で爆発力のあるネタを見せる噺家もいる。
そこから古典の素晴らしさに入り込んでもいける。

…ウーン、いかん。
こうやって「落語はステキな演芸だ」と若者に力説すればするほど、
かえって「芸術鑑賞」の域に落語を遠ざけてしまうような気もする。

そもそも、「キャンパス寄席」に落語は要らないのでは、とまで思うのだ。

あんなアウェー感、外様感の中で、
笑いにくい雰囲気で落語をやられたんじゃ、
かえって落語のイメージがますます古臭くなってしまう。

ただでさえ熊さん八っつぁんご隠居さん、
長屋に火鉢に一分二分。現代からは乖離も甚だしい世界観。

これに慣れれば落語はたまらなく愛おしく面白い演芸なのだが、
無理に聞かせようとするから落語が敷居高く、つまらなくなるのだ。

学校の芸術鑑賞はとっかかりとしては大事だけど、
「キャンパス寄席」の落語はあまりにねじ込み感が強い。

聴きたい奴が自由に聴けばいい。
落語なんてそんなものじゃないんですか?
大学生にもなれば、自分の見たいもの、興味を抱くものは自分で峻別つくはず。

NHKにはもっと違うやり方で、落語という芸術…いや、演芸を広めて欲しいと、
切に願うのである。

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都会のお約束

岩手に派遣されている某吉本タレントの配信番組をボケッと見ていたら、
こんな会話をしていた。

「オレ、東京いたとき、渋谷の「一蘭」ひいきにしてたんだよね。
 久々に行ったら、急に接客よくなってて。
 味がすごくマズくなってた。あせって、急に態度変えちゃったんだろうな。
 接客なんか求めてないんだよオレ。美味けりゃいいの」

うーん。東京人だな。
といっても、そのタレントは石鳥谷の田舎者なのだが、
おそらく東京色に染まっちゃったんだろう。

…まあ、岩手の人でも「味さえ良ければいい」という人も多いのかな。
盛岡の某有名ラーメン店なんか、
「喰わせてやる」的に主導権持ってる感じで評判悪いし。

ただ、東京は基本的に「接客二の次」みたいなところはあると思う。

コンビニに行ったときに顕著に驚く。

岩手の場合は、入店すれば大体誰か、
店員が「いらっしゃいませ」と言ってくれる。

しかし東京ではまずこうはいかない。

店員と目が合っても、ほとんどはムスッとしたまま。
目線を下げたまま「らーしゃーせぃ」と言われることはあるが、
まあその程度である。

要は、東京ではコンビニの客はそういう接客を求めていない。
必要なものが短時間に、最小の手順で買えればいいのである。

「一蘭」も同じで(ここの発祥は福岡県と聞いているが)、
『美味しいものを最小の手順で食べられること』を追求しているのが
例の間仕切り、「味集中システム」なのだ。

接客などはどうでもよいのである。
それが都会のプロトコール、「約束事」なのだ。

過剰な人間関係は不要である。
きのういた人が明日はいない。
袖すり合うも多生の縁。

新宿南口に行けば毎日がお祭りだ。
あんなに人がいたら、知り合いに会うなんてことはあり得まい。

東京とは、都会とは、そういう場所である。
人のにおいを吸わないように生きなければ、
息苦しくてたまらないのかもしれない。

そう考えれば、都会で生きるのは難しいようで、
意外に簡単なのかもしれない。
要はそれに慣れられるかであって。

そういう自分も、こんな田舎にいながら、
さほど濃密な人間関係を構築しているわけでもなく、
「人とふれあえる田舎はいいなぁ」なんて言える立場じゃないけど。

もしかしたら無意識下に東京がうらやましいのかも…
「一蘭」も一回入って「ウワッ、ブロイラーみてぇだ」と思ったけど、
慣れたらあれも快適なのか…
いやー、それはないわ。(笑)

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交通事故にご用心

きょうは天気も良いので比較的遠くにあるスーパーに車で向かった。
そろそろ近づいてきたあたりで、丁字路にさしかかった。

さあ右に曲がろう、としたら
突然見通しの悪い右手から、
自転車に乗った初老の男性が現れた。

1、2メートルほど手前では止まったが、
もう少しでぶつかりそう、という距離。

グラサンをかけたそのおやじ、
キーッと急ブレーキの音を鳴らして自転車を止め、
ジロッとこちらをにらみつけた。

といってもグラサンなのでどんな目つきかは見えないのだが、
ヤンキーがやるみたいに口を開けて「アンダコノヤロー?」という顔を
2秒ほど(これが長く感じた)したあと、左方に走っていった。

テンション下がって買い物する気にもならなくなり、
そのまま帰ってきたわけだが…。

その道すがら、チャリンコ乗りのジジイとババアのなんと多いこと。
子供よりも、60代以上の男女が乗った自転車がとても多かった。

要は、気温が下がって過ごしやすくなって、
かつ今日のような陽気のある日は、
比較的高齢の人間でも、自転車に乗りたくなるのだ。

しかも。
彼らはある意味「傍若無人」なところがある。

子供や学生は、学校で自転車の乗り方を教えてもらう機会もあるだろうが、
大人にはそれがない。

「横から車が出てくるかも知れない」という考えを持って
自転車を運転しているかと言えば、
それはむしろ子供より希薄な可能性が高いのだ。

運転免許を持ってて車も運転している人も多いだろうが、
だからこそ、余計に「クルマのほうはちゃんと自転車を見てるもんだ」と、
自信過剰になっているきらいすらある。

だから、自動車のドライバーは、
自転車乗りが多くなるこの時期は、
じゅうじゅう注意しなければならないのだ。

いざ自動車と自転車が事故った場合、
まず100%自動車が悪いことにされてしまう。

さっきのグラサン親父の「ヤンキーにらみ」には腹立たしく思ったが、
そうは言っても悪いのは自動車側、というのがセオリー。

勉強させていただいた。
…って、チャリンコに乗る皆様方も、勉強して下さいよ。

(追記)土曜日のニュース番組で「暴走自転車」の特集をやっていた。
都会では「ピストバイク」というブレーキを省略した競技用自転車に乗って
我が物顔で爆走する若者が増えているとか。
田舎であんなのに乗られたら、いつ事故に遭ってもおかしくなくなる。
自転車を取り締まる時代が来るよ。

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パソコンの異常

パソコンの調子が突然悪くなったのは、
室内の温度計が30度を指すことが多かった8月頃。

いきなり操作不能、いわゆるフリーズ状態になったり、
電源を入れてもファンが回るだけとか、
あるいはまったく動かない、とか。

そろそろ買い換え時かな…とも考えた。内部をいろいろいじくっているので。
といったってメモリを足したりビデオカードを入れたりとか、かわいいものだけど。

市内のパソコンショップで手頃なのを物色したりしたが、
浪費癖を直そうとしている折(笑)、
そう簡単に財布の紐はゆるまず。

暑さのせいかな、と思っていたが、朝晩の涼しい時間帯でも
かなり頻繁にフリーズするので、こりゃおかしい、と
PCケースのふたを開ける。

おうおう、ホコリがすごいのう。
やっぱりこれが原因か、と、目につく範囲のホコリを手でつまんで捨てる。

これくらいで直るはずもなく、フリーズしたり、電源入らなかったり。
そのうち、東北の地に秋がやってきて涼しくなり始めたが
一向にフリーズ地獄から解消されず、こりゃ温度じゃないな、
やっぱりホコリだな…と勇躍「エアブロワー」を買ってきた。
「エアダスター」「ダストブロワー」とも言うが、
気体が勢いよく噴出されてホコリを飛び散らすスプレー缶である。

安全のため電源コードを抜いてから、
パソコン内部にブシューと空気を吹き付ける。
ホコリが舞い散る。
とくに付着しているのはCPUの冷却ファンのあたりと、
本体の下方にあるPCIカードの取り付け部分。

外にホコリを追い出して、パタンとふたを閉め、
電源を入れる。おお、いい感じだ…
と思ったらまたもフリーズ。電源スイッチを押しても入らない。

こりゃ電源回りか? と思って、もう一度ふたを開け、
今度は電源ケースのあたりや、電源スイッチのあたりに
丹念にエアを吹き付けた。

また電源を入れてみる。動きはするけど10分くらいで止まっちゃう。
おかしいなぁ。

HDD異常を疑って、分析ソフトを入れたが異常は無い。CPU過熱もしていない。

メモリチェックも異常なし。
そもそもメモリ異常ならブルースクリーンになるはずだがそうはならない。

電気コードなのか、と思って差し直したりすると動くんだけど、どうも怪しい。

これはあれか? ビデオカードか?

大型ディスプレイを買ったときに、
デフォルトの接続では横長(ワイド)に対応していなかったので、
ビデオカードを買ってきて差し込んでいたのだが…
で、一旦取り外して、差し直してみた。

そうすると今までの異常は起こらなくなった。
このあたりもエアブロワーでホコリを除去していたけど、
接触不良を起こしていたのかも知れない。

原因はビデオカードだったのか、と言われると自信はない。
ホコリか、電源コードかもしれないし。

いずれ、パソコンが異常を来したときは、あらゆる原因を疑う必要があるだろう。
安易に買い直すとお金がいくらあっても足りないのだ。

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伊藤Pのモヤモヤ仕事術

伊藤隆行・著。集英社新書。

伊藤は現役のテレビ東京社員で、
現在はテレビ番組のプロデューサーを務めている。

書名にもなった「モヤモヤさまぁ~ず2」や、
「やりすぎコージー」といった、
テレ東のヒット番組を手がけている
(ただし、「やりすぎ」はこの9月で終わってしまったが…)。

しかし彼の名を高めたのは、
これも書名にある「伊藤P」としての存在だろう。

「モヤさま」の番組内で、
黒ずくめの服装でふらりと現れては種々の告知をしたり、
画面にチラチラ映り込む、鼻っ柱の高いひょろっとしたオジサマ。
それがこの本の著者、伊藤隆行である。

オジサマといってもさまぁ~ずよりやや若い(まだ30代)のだが、
そのミステリアスな雰囲気は、
まさに「フィクサー」と呼ぶにふさわしい。

そんなフィクサー・伊藤Pが手の内をバラす、という。
どんな「あくどい」方法なのか、気になるではないか。

伊藤が執筆する各章の間には、
「証言者」として、
伊藤をよく知る人物からの「伊藤隆行評」が挿入される。

大江麻理子・大橋未歩(ともにテレビ東京アナウンサー)、
さまぁ~ず(大竹一樹、三村マサカズ)、放送作家・北本かつら、伊藤の元上司…
そしてあとがきには「伊藤の妻」までが登場し、伊藤隆行その人について語っている。

伊藤の書いた部分は6章に分かれ、
籍を置くテレビ東京の置かれた位置から、
そのテレ東でどんな仕事をしてきたのか、
そして、最良の「仕事術」とは何か、を独自の筆致で語り尽くしている。

テレビ東京はその成り立ちからして特殊なテレビ局であり、
「番外地」であり続けた。そこに「なんとなく」入社した伊藤は、
ADを経験し、相当に鍛えられる。

上司にシバかれ、テレビ局の嫌な部分を目の当たりにしていく。
このあたりは今も腹に据えかねる部分はあるようである。

そんな伊藤もディレクターに昇進し、
あのヒット番組「愛の貧乏脱出大作戦」を担当している。

早稲田高校時代に野球部で頑張った過去を持つ伊藤。
ドロップアウトしてしまいそうなテレビの現場で頭一つぬきんでるあたりは、
かなり心身の鍛練された「屈強な男」の一面ものぞかせる。

そしていよいよプロデューサーとなる。伊藤は上司も認める「バカ」の精神で、
バラエティ番組がなりを潜めてしまったテレ東に、
「お笑いの種」をまいていく。
それが「モヤさま」「やりすぎ」に結実したのは、先に述べたとおりである。

一見華やかなお笑い番組のプロデューサーだが、
プロデューサーの仕事は本来地味なものであり、
いばるようなものではない、と伊藤は言い切る。

確かに番組をリードする「社長」的存在ではあるが、
すべては「調整役」であり、上役からは未だに怒られることが多い、とボヤく。

部下に対して怒るときは怒るが、基本的にはその力量を信じ、
自分の見込み違いでも、部下のミスでも泥をかぶる。

そう、伊藤は真の「フィクサー」=「調整役」なのである。
証言でも「部下や仲間にさりげなく気を配る」
「上司に叱られても口に出さない」ことが語られている。

伊藤の文体はある種独特である。

「自分は凡人」「自分はノンポリ」を繰り返し、
「番組作りはこうじゃなくちゃいけないんだ!」と持論を展開しつつ、
最後に「でもやっぱり赤字にしちゃうんですけどね」とオチをつけてしまう。

しかし合間の証言者による「伊藤隆行評」は、
おちゃらけた部分まで暴露しつつ、
結局「伊藤Pがいかに素晴らしい人物か」という内容になっているため、
『やっぱり伊藤Pって凄いんだ』ということが
読者にすり込まれてしまう。

これも、いかにも「フィクサー」らしい巧みな構成である。

まあ悪口はその辺にして。
一見、調子に乗ったキツネ顔に見える伊藤P(やっぱり悪口じゃないか!)の
マジメな、真摯な一面がこの本を通して見られた。

「仕事とは何ぞや?」「組織とは何ぞや?」。
働く人間にとっては、大いに参考になるところである。

そして「テレビとは何ぞや?」。
この問いかけに、伊藤Pは独自の視点で、ここでは明確に解を発露している。

「モヤさま」は都会ではきょう日曜日の夜7時に放送される番組である。
(地方では相変わらず夜中にひっそり放送されてるけど)

この本を読んでから「モヤさま」を見ると、また違った視点で
番組が見られるかもしれない。

ただ、伊藤P自身は、それを望んでいないかもしれないけどね。
「気楽に見てくれたら、いいんですよ。テレビってそんなものですよ」…


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山田のおみごと

久々の更新。Twitterにかまけてしまって…。

きょうは久々のグルメ情報。
といってもスーパーで買ってきたものだけど。

Akamoku1

被災した山田町の飲食店が商品化した「アカモク」の佃煮、
「山田のおみごと」。開発元の屋号をもじった商品名になっている。

アカモクは近年出回るようになった海藻。ギバサとも呼ばれる。

以前はあまり食用する文化がなく、
大量発生して処分に困っていたそうだが、
最近は湯通しして刻んだ状態の商品がパック詰めして売られている。

食感はジャリジャリというか筋っぽく、確かに刻まないと食べにくいだろう。
ただ通常は刻んだ状態の商品が売られていて、
ご多分に漏れずヌルヌルしているのはメカブに似ている。
細かく刻んであるので、とろろ感覚でいただくものだろう。

この「山田のおみごと」は、そのヌルヌルしたアカモクを、佃煮にしたもの。
瓶にウヤウヤしく入っていて、見た目は高級そう。

Akamoku2

嗅いでみると若干、磯のにおいがするのだが、
口に入れるとその磯のにおいよりも、醤油の香りが鼻をくすぐってくる。
なるほどこりゃ美味しい。

ちょっと甘みが強いかな、塩味がもう少し効いたほうがいいかな、
という気もするけど、このくらいがちょうどよいのかな。
塩分取りすぎの現代人には。

それと、アカモクは佃煮向きなんだろうな、と改めて思う。
なんかヒジキのような食感があるのだ。
でもヒジキよりも臭みが少なく、でも歯触りはむしろ強い。食べ応えがあるのだ。

原材料を見ると、醤油やみりんのほか、米酢、
さらに「くずまきワイン」まで調合されているとのこと。
言われないと分からない(笑)が、
このふくよかな香りの立役者になっているのかな、という気もする。

その香りと味わいは、あつあつごはんにピッタリ。
お酒のアテにもヘルシーで喜ばれること請け合いの品である。
パンにのせてもいけるとのことだし、
案外スパゲッティにもよさそう。オリーブオイルで和えて…

アカモクは山田町が名産品にしようと、
数年前から取り組みが行われていたとのことだが、
今年は津波で採取できず、昨年の在庫を使用しているとのこと(山田かきくけこ通信)。
開発元も被災してご苦労されているようだ。

1瓶500円はややお高めかなという気もするが、
特産品価格ということで目をつむって、
レジにひと瓶お持ちいただければ。
山田の味をお楽しみあれ。

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武田邦彦VS被災地

愛知大の武田邦彦教授の発言が波紋を呼んでいる。

「たかじんのそこまで言って委員会」(読売テレビ)で、
武田氏は「東北には放射能がまかれており、農産物を食べれば健康を害する」
というような発言をしたという。

武田氏は番組内で「岩手県一関市」を名指しして
「一関には放射能が落ちている」とも発言。

この番組は全国ネットだが、岩手県では放送がない。
しかし一関市に話が伝わり、市議会で議論となり、
同市の勝部市長がYoutubeで動画を確認
(著作権的にはブラックの行為ではあるが)。

結果、勝部市長が「農家の感情を逆撫でする」と、
抗議のメールを送るという問題に発展している。(毎日

まさに「ぴーかんテレビ」と同じような構図になっているが、
読売テレビは「問題のある内容とは思っていない」としている。

たしかに情報番組で
たちの悪いブラックジョークをかましてしまった「ぴーかん」に対し、
「そこまで言って委員会」は、司会のやしきたかじんや論客が、
世間を切りまくるという「問題発言上等」の番組であって、
島田紳助の言葉を借りれば「この程度では問題ないんですよー」なのだ。

打ち切りの噂も出たようだが、
司会のやしきたかじんは「番組中止はない」と断言している。

武田氏に話を戻す。
科学者の武田氏は「ペットボトルは燃やせ」など独自の持論と、
独特の歯切れの良さで「ホンマでっかTV」をはじめ
テレビでも人気のある人物である。

しかし福島原発爆発事故以降、
いわく「東北・関東はやばい」という
ラディカルな発言を続けている。

先日も個人のWEBサイト
「東北・関東で生産された食品・工業品は汚染されている」
東北・関東で生産されたノート・トイレットペーパー・
CDは買わない方がよい
」という趣旨の提言を掲載。
正確には「被爆してないと書いてあったら買ってもいい」
とも言っているが、風評被害を呼びかねない表現である。

そもそもタイトルが
「東北のノート、トイレットペーパー、CDは買えるか?」なのだ。
(タイトルではなぜか「関東」を抜いているがこれは意図的なものか?)

武田氏の言い分は、東北・関東でモノは作るな、と言っているのと同じで、
それはつまり「首をつって死ね」と言っているのと、ほぼ同意ではないのか。

武田氏は先述の番組で
「気の毒だが、東北は別の方法で救済すべき」とも言っている。
それが何なのか、武田氏はまず先にそれを声高に言うべきであろう。

「わたしはちゃんと言っている」と言い逃れるだろうが、
ラディカルな発言をする前提として、その「方法」とやらを言うべきだろう。
トーシローの山本太郎でさえ「北海道に移住しろ」と言っていた。

「東北は危険」だけを叫び続けるのは、卑怯ではないか。

ネット上でも、武田氏に同意する者は多いが、
やはり武田氏の「東北は危険」にうんうんうなづいているだけで、
遠くの場所から高見を決めている連中だ。

武田氏自身は、
「私は一番東北のことを心配している」とおっしゃるだろうが、
冗談言うんじゃねー、である。

「日本はひとつ」なんて嘘だな…
だって「俺には関係ない」「そっちで処理してくれ」と言っている人間が
こんなにも大勢いるんだから。

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