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落語の本「落語評論はなぜ役に立たないのか」

広瀬和生・著、「落語評論はなぜ役に立たないのか」(光文社)を読む。

結果からいうと「なんじゃこりゃ」的な一冊であった。

前半は「噺家界はクソつまらん噺家9割、優秀な噺家1割」という、
選民意識に満ちあふれた概況解説。

後半は「天才・立川談志」をけなす奴は俺が許さない、という趣旨の表現を、
手を変え品を変え繰り返しているだけであった。

彼が「落語の神髄・談志を避けるふてえ野郎(こんな表現ではないが)」と
徹底的に指弾する「アンチ談志派」の評論家について、具体名は出さない。
京須偕充とかそのあたりだろう。

一方、ほめそやしたい噺家は具体名をバンバン出してほめちぎるのだが、
どうも「個人崇拝」に見えて、後味がよろしくない。
人をほめているのに気分が悪くなる文章というのも珍しい。

評論家については実名をあげず「一般論」で批判しているのに、
噺家になると「志の輔は素晴らしい」「志らくはサイコー」と、一気に「個人論」に堕ちる。

あのね、いきなり志らくが事故とか心不全で死んだらどうするのよ。
志の輔なんか弟子がノゾキで捕まったし。(笑)

個人愛は続き、例え話で挙げた二宮清純までほめる始末。
いずれ、談志については手放しで、神だ仏だ救世主だといわんばかり。

広瀬の定義に沿えば、評論家の体をなさないであろう吉川潮にも
批判の刃は鈍い。談志一派のお目付け役だからね。

まあ、本来のこの本の趣旨であるべき「評論家はなぜ役に立たないのか」、
というのは、巻末に付録として設けられた、
広瀬による「2010年噺家私的ランキング」に凝縮されている。

立川志らくの高座だけで年間83席も見てるって、
どんだけ金とヒマがあるんだ。しかも噺の内容、覚えすぎだし。

要するに「一般人と俺は違う」「落語評論家なんてクソだ、真の落語愛好者は俺だ」、
と言いたいだけだったんじゃないか。

それでも自分は落語評論家じゃないと言い張る広瀬。
肩書きが「ハードロック/ヘビーメタル雑誌編集長」って…
落語なんか聞かないで音楽聞けよ。

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