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Facebookは俺に必要なのか

Facebookは日本で流行るのか、流行らないのか。
この問いに答えられている人はまだいない。

アタシですか? まだやってません。(笑)
正確に言うと「やりかけた」けど。
でも、Twitterのほうが面白いですからね。
ついでに言うとmixiも幽霊会員ですが…。

世間が煽るほどには、流行っていないのかな、という気はしている。
「第2のセカンドライフだ」と予言する人もいる。

覚えておりますか、セカンドライフ。
カネのやりとりをするアバターサービスね。
日本の妖怪屋敷・電通ががなりたてて、
人間が誰もついてこなかったという(笑)

Facebookといえばなんといっても「実名でのコミュニケーション」。
実社会のやりとりをそのままサイバー空間でやろう、というのが
Facebookの最大の特徴であり、運営上のポリシーである。

名前と住所で組み合わせて検索することによって、
「ああ、あの人だ」と気づいてもらえ、
忙しくてなかなか面会できない人たちと簡便にやりとりができる…。

「ほうら、便利だろう。これからは実名だゼ」と、
ネットに詳しいライターの諸氏は口をそろえておっしゃる。

でもこの人達って、まず100%本名で活動している人たち。
そりゃ、自分たちは自分の名前を看板にして商売しているから、
何の抵抗もないでしょう。
仕事=カネに結びつくってんならなおさら、勧めたくなる。
「匿名なんてダサいゼ」と言いたくもなるというもの。

…うーん、半匿名派(笑)としては、ちょっと待ってよ、と言わせて欲しい。

将来的に、仕事で強制的に「使え」と言われるようになるのならば、
そのときこそ使わざるを得ないと思っているが、
プライベートで不特定多数の人間に、
本名をさらすことへのメリットは、いまのところ感じない。

本名で活動するライターでも、テレビや新聞に頻繁に名前の出る経営者でもないので、
「ああ、あの人だ」と気づいてもらうことの利点もない。
長年連絡してなかった友達に見つけてもらいたくもないし(笑)
(だからmixiもいい加減なハンドルネームで登録してある)

日本が「匿名文化」の国だ、とは正直、あまり思いたくないが、
「社会の歯車」にはめられたままの状態をよしとする人間が多いことは否定しようもない。

欧米は枠からはみ出ることを求められる文化なので、
名前をさらして情報交換することも「自己アピール」になる。
また、Facebookがもてはやされている「第三世界」については、
いままでITを使っていなかった人々が、
いきなり触れたものがFacebookだったから流行っただけだろう。

わからんよ。いまの大学生とかは抵抗なく入れるかも知れない。
教授とかにFacebookの利用を強制されたりするケースもあろう。

名前を隠匿してくだを巻くことだけが、
ほんとうに意義あるネットの使い方かどうか。
2ちゃんねるを見ればそれが大いにギモンだということは、
もうすでに証明されかかっているけれど、

ま、しばらくは不自由もないのでFacebookを使うことはないだろう。
本名を看板にするライター諸氏は、
「前時代的なかわいそうな情弱男だ」と、こんな人間達をあわれむのかな。

再度言うけど必要があったら使いますよ。必要があったら、ね。

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