テレビの巨星墜つ
横澤彪が亡くなった。
フジテレビの名物プロデューサー。
東大を出てフジに入社。
鹿内信隆によってレッドパージされ、辛酸をなめるも、
名高きジュニア・鹿内春雄に呼び戻され、手腕を発揮。
MANZAIブームを巻き起こし、「笑っていいとも!」を生み、
「オレたちひょうきん族」を大当たり番組にし、
「8時だョ!全員集合」を終了に追い込んだ。
「母と子のフジテレビ」を標榜する、野暮ったいテレビ局を、
春雄と共に「楽しくなければテレビじゃない」の「軽チャー路線」に変え、
大躍進を遂げたのだった。
いまのお台場局舎の右半分くらいは、
横澤が作ったといってもいいほどの「功労者」なのである。
その後は子会社出向を経て、吉本興業に入り、
お笑い王国の東京進出を陰でサポートしていた。
(この頃の功績はあまり語られないが…)
吉本退任後に、お笑い人生の総仕上げとして、
J-Cast上で「チャンネルGメン69」の連載を開始。
69は当時の年齢だったが、年を取るごとに数字が増え、
末期はとうとう「∞(むげんだい)」に改題していた。
お笑い評論家気取りの物書きや、
ネット上にはびこる引きこもりども(これは自分を含む)が、
分かったような口ぶりでお笑い界を批評しているが、
横澤の批評は常に経験に基づいていた。
確かに年寄りの意見だな、と思わせる部分もあったが、
それにも増して、的確さを感じさせたものだ。
しかも横澤はバラエティだけではなく、
ドラマやニュース、ドキュメンタリーなども見ていた。
70過ぎの爺さんなら普通、「テレビなんかどれも一緒じゃあ」
などと訳の分からないことを言ってスイッチを入れないのが常なのに。
それも横澤は生粋のテレビ屋。
作る側の人間はテレビを見ない人も結構いるものだが、
横澤は引退してもなおテレビを見ていた。
作る側にも見る側にも通じた横澤の鋭い批評を、
もっともっと読みたかったのだが…。
現時点で「チャンネルGメン∞」の最後になっているのが
昨年末付けの「お笑い芸人の仕分けが始まった!」。
「M-1」のファイナリストを「なってない」とバッサリ斬り、
「これじゃあマツコ・デラックスや渡部陽一に人気が集まるわけだ」と。
簡単に笑いが取れるために、芸を磨けない若手~中堅芸人の体たらくに対し、
他業種のおもしろ人間がタレントとしてのさばる現状。
横澤自らが育てた、タモリ、たけし、さんまが、大御所として君臨する一方で、
その後が育っていないことも憂慮し、筆を置いている。
年が明けてからは文章が追加されていない。
7日に肺炎をこじらせ、翌日、黄泉に旅立ったという。(J-Cast)
“絶筆”はあるのだろうか。それとも、上に挙げた文が最後なのか…。
いつまでも「無限大」とはいかないまでも、
もう少し、いまのテレビに「喝」を入れて欲しかったものだ。
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