
奥州市水沢区佐倉河にある「めんこい美術館」を訪問。
以前も触れたように、ここは開局当時、
岩手めんこいテレビの本社だった建物である。
当ブログで、一回訪問したことがあるようなコメントを書いたことがあるが、
あれはネット上で画像を見て確認したからであって、
実は初訪問である(ゴメンナサイ)。
まあ、この建物にはいろいろな背景があったようで、Wikipediaによると
「小沢一郎」やら「産経新聞」やらいろんな名前が出てくる。
過去の来歴からとって「めんこい美術館」と銘打たれてはいるが、
この建物の経緯はめんこいテレビにとってはアンタッチャブルなのかもしれない。

建物前にドンと立つ鉄塔が、テレビ局の面影を残すが、
それ以外にめんこいテレビ本社だったことを示すものは見あたらない。
それでも開局当時は確かにここが岩手めんこいテレビの本社社屋であった。
現在は水沢駅付近に同社の「業務センター」が移っているが、
それ以前は「水沢本社、盛岡業務センター」体制であった。
つまり水沢市(現在の奥州市)のオフィスが主、
県庁所在地の盛岡市のオフィスが従の関係だったのだ。
しかし岩手県の情報が集まるのは当然盛岡であり、
開局以来、番組作りから局の運営まで一貫して盛岡で行われていた(はず)。
結局、水沢に本社を置く必然性はないと判断し、
盛岡の業務センターに本社機能が移ったのだが、
開局時に盛岡業務センターに作った「報道用の小規模なスタジオ」が、
現在めんこいテレビ唯一のスタジオだったりする。
いっぽうで、水沢本社には「岩手県で一番広い」と
銘打たれたテレビスタジオがあったのだ。
そのスタジオはいま、どうなったのか。
なお建物自体はフジテレビが保有していたようだが、
当時の水沢市に「無償譲渡」されたのだという
(この辺も、きな臭い感じはあるね…)。

放送局として作られた建物であることを生かしてか、
「めんこい美術館」だけでなく「奥州FM」が国道の反対側に入居しており、
いまも放送局機能を有している建物である。
さすがにFM局に近づく勇気はなかったが、
駐車場には奥州FMの社用車がいくつか留まっており、
FMのオフィス内では社員が働いている様子も見えた。
では美術館へ。(注:以下、写真はありません)
ドアを開けると、小さな待合室と、受付。
改装しているとはいえ、放送局だったとは思えないほどこぢんまりしている。
実際には、ロビーだったと思われる空間は壁で仕切られた喫茶室になっていて、
食事などもできる市民の憩いの場になっていた。
受付のおばちゃんに料金を問えば「無料です」と。
ほほう、うれしいことである。
では展示室へ。入り口からすぐ入れる場所にある。
絵を飾っておくにしては妙に天井の広い部屋がそこにあった。
これが「岩手めんこいテレビのスタジオ」だった空間である。
ただ、「岩手で一番広い」と謳っていたにしては、
それほど広くもない感じはする。おそらくバレーボールコートほどもないのでは?
天井が高いので大きくは見えるが。
壁面はいわゆるホリゾントになっており(ただし一部は屋外につながる窓)、
曲面はアールになっている。
天井には当然テレビ用の照明はすでに撤去されており、
スポットライトなどをのぞけば、蛍光灯がぶら下がっているのみ。
この日は市民が描いた植物の絵が飾られていたが、あまり興味はなく…。
かといって、天井や壁ばかり見ていると
部屋の中にいた関係者と思われるおじさんに怪しまれそうだったので、
他の客(市内在住と思われるおばさま方)にまぎれて絵をまじまじと見るふりをしておいた。
こっそり部屋の全体をながめれば、
入り口側の2階部分には「サブ(副調整室)」だったと思われる部屋につながる大きな窓が見える。
ただ、壁でふさがれていて中を見ることは出来ない。
なおこの元スタジオにつながる格好で、「前室」的な部屋があり、
奥州市出身の画家の風景画が飾られていた。
(プロフィールを見ると、洋行経験もある華麗な経歴の人物のようだ)
こちらは天井も低く、壁は防音材がむきだしの無骨な空間であったが、
この部屋は絵を飾っても違和感は感じられない。
関係者のおじさんに話しかけられないよう、そっと退室。
(来た理由を聞かれて「絵ではなく部屋を見に来た」とは答えられないではないか)
テレビスタジオだった意匠が、いまも色濃く残る印象深い空間であった。
続いて、受付脇にある常設展示室へ。おそらくオフィスだった部屋であろう。
ここにも絵が飾られているのだが、
なんだかうるさそうなオバサンたちが手前のテーブルにたむろしている。関係者だろう。
絵を見たら「こんにちわ~、どこからいらしたんですか?」などと訊かれそうで、
もっと面倒そうだったので、2階部分へつながる階段に直行。
やや古ぼけた階段を上れば、なぜか美術館なのにチョウチョの展示室。
これが、1階の元スタジオにつながる副調整室だった部屋と思われるが、
それにしては広い。まあ、いろいろな機能のある部屋だったのだろう。
当然、さきほどの「大きな窓」と思われる部分はベニヤ板?でふさがれている。
(訂正)Wikipediaによると、水沢本社には副調整室(サブ)すらなかったそうで、
サブ代わりに、盛岡から中継車をもってこないとスタジオは使えなかったそうだ。
だからこの部屋は、スタジオをモニタリングするほかは、
簡易なミキシングくらいしかできない部屋だったと想像する。
ここには関係者はおらず、そもそも入室する前には節電のために電気が消えていた。
床はフリーアクセスなのか、踏みしめるとボコボコした音がする。
チョウチョやヘラクレスオオカブトの標本が並んでいるが、
やはり興味はあまりないので、副調整室?跡だったであろうことを確認し、
階段を降りる。1階の展示室に出るが、
さっきのオバ様方につかまらぬよう、さっと部屋を出た。(もったいねー)
で、もう見る部屋もないので(ほんとは喫茶室にも入ってみたかったが)
めんこい美術館初訪問はこれにて終了。
半分は奥州エフエムが使っているというのもあるが、
テレビ局だったにしてはこぢんまりした印象は否めない建物である。
いずれ、ほんとうに岩手めんこいテレビに
水沢本社が必要だったのか疑問であるが、
いまこうやって市民のために有効活用されているわけだから、
この建物も無駄ではなかった、ということだろう。
あの元スタジオは、絵を貼っておくには天井が高すぎるけれど…。