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江戸のものは、江戸のもの

HOME★9(ほめく)」というブログ。頻繁に「落語」を取り上げるので、拝読している。

文章から察するに、結構な年齢の男性のようであるが、
かなり落語、しかも「生の落語」を聴いているようだ。文章がうまいのもそのためだろう。

この日の根多は「三遊亭圓楽襲名披露」であった。

奥さんから「『笑点』も見ないのに、何で行くの」と訊かれた、と前置きにある。
あんな「テレビ用の演芸番組」なんか、眼中にないのだろう。

で、各芸人のネタの感想を述べるのだが…。

弟弟子のその名も「三遊亭小圓楽」は「いつまで経っても小がとれないのは当たり前」。
俗曲で有名な「うめ吉」は「見てくれだけで、唄はイマイチだ」。

寄席に出られぬ圓楽一門を、落語芸術協会の定席に呼んだ、
功労者である芸協会長「桂歌丸」のネタについては「この人は何をやっても硬い」。

そして主役の圓楽については、
「腰は据わってきたが、最後に噛んだね」とやっぱりほめない。

三遊亭小遊三については「客は沸いていた」「毒舌にもイヤミがない」とするが、
芸自体の評価はしていない。くささないだけマシ、か。

一番面白かったのは、芸人のネタではなく、『襲名披露口上』だったという。

まあ、ボロカスである。

この会のメインメンバーたる笑点メンバーに対する、概して冷たい評価は、
「笑点なんてテレビに出続けている噺家なんて、こんなもんだよ」ということなのだろう。

田舎者から見れば、「あの『笑点』に出ている」=「面白い落語家」なのでは、と、
単純に思うのだが、そんなものはテレビサイズの薄っぺらい演芸ばかり見ている
田舎者の浅薄なリテラシーなのかもしれない。(卑屈ですかね)

テレビ画面ではなく、実際に寄席に足を運ぶことで、
生の落語、お笑いに触れることができる。
そこで、テレビやネットの評判だけではできない、本物のジャッジが下せるのだ。

だから、こんな田舎者でも、「にぎわい座まで行ったのに、
円丈の古典はイマイチだったな」(笑)とか言えるわけだ。

ただ、そうそう寄席やホール落語には、頻繁に行けるものでもない。
東京近郊に住んでないと、なかなか…。

だって『江戸落語』っていうくらいだものね。

田舎者はイナカモノなりに、演芸を楽しめばいいのだろう。

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