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なんくるないサー!

肥後克広著、晋遊舎。

「オッカーと僕とアメリカだった沖縄と」という副題。
前書きでも「(リリー・フランキーの)東京タワー」を意識した、と認めているが、
そんな剽窃も芸人らしくてお茶目。

ご存じの方も多いと思うが、この本の主役である、
肥後サワエ…ダチョウ倶楽部リーダー、肥後克広の母親は
先週、亡くなった。死因は明らかになっていない。(スポーツ報知

この報を聞き、たまらずこの本を注文。
届いた翌日に封を開け、2時間程度で読了してしまった。
以下、ほぼあらすじとなるが紹介する。

サワエは強い女である。「キマいサワ」、と皆は彼女を呼んだ。
キマい、は、サワエの故郷である奄美大島の方言で、「元気」の意。

米軍の爆撃に遭いながらもかごの中に逃げ込んで助かるなど、
文字通り、戦火の中を生き抜き、終戦後、姉とともに半ば強引に沖縄へ渡る。
そして伴侶を見つけ、那覇に住まうことになる。

克広(以下リーダー)らを生み育て、
素人料理ながらも、朝から晩まで働いて、
「ひさご食堂」という料理店を切り盛りし家計を支える。

なお、「ひさご」を閉めた直後に亡くなったという
父のことについては、ほとんど記していない。

折に触れ、リーダーは幼いながらも肥後家の貧しさを実感することになるが、
そこは「なんくるないサー」精神で、どうにかやり過ごす。
芸人、肥後克広の下地はこの頃から醸成されていくのである。

高校卒業後、川崎にあるいとこの家に転がり込み、
デザインの仕事をするが、1年で沖縄に帰る。

電話では「いつでも帰ってきたらいいサー」と優しかったサワエも、
さすがにほんとうに帰ってくると、「あんたなんか飯喰わなくてもいいサー!」。

東京の風も、沖縄の風も冷たい中、何をしようかなあ…と、
ふと読んだ小林信彦の本にコロリとだまされるリーダー。
「そうだ! 沖縄初の芸人になるんだ!」

ガレッジセール、キャン×キャン、小島よしお(注:本当は千葉育ち)…
いまや「沖縄芸人」は腐るほどいるわけだが、
結果的に、肥後克広はおそらくその第1号になるのである。

お気楽な琉球青年は再びいとこを頼り、浅草の門を叩く。
そこで伝説の芸人「杉兵助」の薫陶を受けることになる。

(ジャニーズに汚染される前の)「笑っていいとも!」に出て
フガフガやってた、あの爺さんである。

本文ではあっさりとしか触れていないが、
仲間が簡単に辞めていく中、リーダーは、
道頓堀劇場の過酷な現場でお笑い人として鍛えられていく。

3年間、母や姉との連絡を絶っていたリーダーだが、
姉が劇場に現れ、そこで強制的に母へ電話させられる。
怒られるかと思いきや、母は優しい言葉で息子の労をねぎらうのであった。

そしてこれまたリーダー、渡辺正行との出会いから、ダチョウ倶楽部を結成。

これもリーダーの腹の中では整理できていないのだろう、
元来のボスであった南部虎弾(現:電撃ネットワーク)の存在は一字たりとも触れられていない
(なお「FromD―リアクション芸人就職情報」では
わずかだがリーダー自ら南部について語っている)。

そして「オールスター家族対抗歌合戦」に、
サワエとともにダチョウ倶楽部が出演。
ここでも一悶着あったのだがそれは本を読んでのお楽しみ。
マネージャー「シゲナリ」による、
母とのネゴシエーターぶりを発揮する様子が描かれている。

末期の小川宏に司会が替わる前、『萩本欽一』が司会だった時代だが、
実はリーダー、欽ちゃんにも弟子入りを願い出たことがあった、
という秘話も紹介している。

本の副題にもあるとおり、
この本の前半では『沖縄』という土地の特殊性にも踏み込んでいく。
米軍に支配され、子供が駄菓子屋でドル・セントを使う「OKINAWA」。

米国軍人と結婚したサワエの姉の家で、
リーダーは「奥さまは魔女」の世界を肌で知る。
基地のお祭りでは、ロックコンサートを見に行ったつもりが、
ビール瓶の雨をかいくぐる羽目に…。

沖縄にはよしにつけ悪きにつけ、「USA」が染みこんでいた。
それは、基地の移転で騒いでいる今もなお同じなのだ。

しかし本土復帰後、豊かな海はリゾートホテルに、
バナナの生える野原はビルに置き換わっていく姿を目の当たりにし、
故郷が失われていく様子への思いも、リーダーは書き記している。

激動の沖縄で気丈に生きてきたサワエ。
子供の頃から息子をバカ、フリムン、フラー!となじるのは日常茶飯事で、
それは晩年まで続いたという。「キマいサワ」である。

「家族対抗」以後も、ことあるごとにリーダーと親子でテレビ出演もこなしたが、
カメラの前で本気になって息子を叱りつけはじめ、
そのリーダーがあたふたする様子は実に微笑ましい。
「キマいサワ」の「天然力」は、息子でも勝てなかった。

そのサワエは最近、つまり晩年、認知症(いわゆる痴呆)にかかっていたそうだ。
徐々に感情を失っていく母を、
リーダーは耐えられなかったはずである。

それでもリーダーの中では母はいつまでも「キマいサワ」だった。
そして、その母の教え「山の一本杉になれ」を胸に生きているという。

母が天に召されてもなお、その教えは生き続ける。

今でこそ「天然」「肥後という男」などで笑わせてくれるリーダーだが、
「キマいサワ」が育てた「肥後克広という男」は、
今後も一本杉のように、まっすぐな笑いを届けてくれることであろう。
合掌。


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