男は星になった ~岩手・沖縄かけはし交流15年~
沖縄と岩手の「イネ」をめぐる交流を、
沖縄県出身の伊波伴准アナウンサーが10年以上にわたって取材。
1月に行われた、菅原邦典氏の記念碑建立式典の様子を中心に、
その功績を追う。
1993年、大冷害に見舞われた岩手。温暖な沖縄に種もみ増殖の救いを求め、
県職員であった菅原氏は指導員として種もみの栽培のため石垣島に出向き、
寝る暇も惜しんで稲の育成にいそしんだ。
その結果、翌1994年に「かけはし」という品種ができ、
以後、石垣島と岩手県の「かけはし交流」が生まれた。
しかし、菅原氏は昨年6月に他界。
その功績をたたえるべく、石垣島に記念碑が建てられた。(岩手日報、八重山日報)
伊波アナウンサーがナレーション&顔出しで登場。
おそらく制作にも全編的に携わっていると思われる。
涙を誘うような演出も少なく、淡々としていたが、
それが菅原氏と関係者間の心の交流を際だたせる結果になって、よかったと思う。
残念なのは、番組全体通して、家族や関係者間の「思い出日記」に終始し、
菅原氏の功績がどう凄いのか、というのがいまいち分からなかったところ。
かけはし交流自体は、高校生同士の短期留学や
岩手県職員の八重山マラソン参加などに受け継がれているが、
菅原氏が心血を注いだはずの肝心の「コメ」の交流部分は番組では欠落していた。
実は「かけはし」自体は冷涼な県北でも植えられるよう、
冷害に強い品種であるのだが、現在岩手ではコメとして販売されている様子がなく、
おそらく栽培されていないことが伺える。
より品質のいい品種に代替わりしてしまったのであろうが、
残念ながら、番組はそこに触れることはなかった。
きっかけとなった冷害自体、1993年でIAT開局前の話ということもあり、
全体的に底の浅い出来になってしまったことは否めない気もする。
菅原氏の功績に焦点を当てようとして当てきれなかったわけで、
軸足を記念碑部分に置きつつ、焦点を高校生の交流など、
現在進行の部分に少しずらして描いた方がよかったのではないかと思う。
(追記)
北と南の夢をつないだ男~かけはし交流15年~
IBC岩手放送で3月28日放送された番組を比較のために視聴。
IAT同様、記念碑建立を記念しての番組。
55分。ナレーターは小野寺瑞穂。
菅原氏の家族が石垣島を訪問した際の映像をベースラインとしているが、
開局前だったIATが持っているはずもない、平成5年当時の映像も多く使われた。
当時の岩手・沖縄の関係者へのインタビューや再現映像を通し、
菅原氏が石垣島へ向かい、栽培に熱意をなぜ傾けたのかもわかりやすく説明。
「かけはし」が栽培されなくなったことにはやはり触れていなかったものの、
菅原氏からは「米栽培の神髄を教わった」という石垣市長の証言など、
その遺した功績についても伝えていた。
単純に放送時間が倍であることや、後発の利もあろうが、
やはりIATの番組にはなかった「深み」があり、
老舗の実力を見せられた思いがした。
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コメント
>IAT
番組制作に熱心なのはよいことです。
どんどんやっていただきたい。
>作付面積
2005年までしか分からなかったのですが、
2000年代以降減少が続いているようです。
JA岩手県中央会の数字では、19年度でシェア2%とのこと。
投稿: たかはし@ANNEX | 2009.03.01 22:22
このアドレスで稲の作付面積が調べられますよ。
http://ineweb.narcc.affrc.go.jp/search/fukyumenseki_nen.html
投稿: maksim727 | 2009.03.01 21:29
最近、IATは番組制作に意欲的ですね。月イチの「いわての未来図」や、冷麺をテーマにした「ザ・ルーツ」という東北6県ブロックネットの番組も制作したようですし。
余談ですが、1993年の大冷害と言えば、当時小学生だった私は、給食でタイの米が出てきたなぁというぐらいの記憶しかないです…。
投稿: ホウス | 2009.03.01 20:28