落語家・三笑亭夢之助が、島根県安来市の敬老会で落語を披露した際、
ステージ上で手話通訳がいたことに対し「気が散る」と発言し、
物議をかもしていたことがわかった。
手話通訳の存在は、市からは夢之助に事前に知らされておらず、
講演会(高座かな?)でいきなりステージ上に手話通訳が登場したのだという。
ステージの脇で腕を振る通訳の存在が気に障ったのだろう、
夢之助は「落語は耳で聞くもので、手話には訳せない」
「この会場のお客はほとんど耳は聞こえるはず。
手話の方がいると気が散りますし…」と発言。
手話通訳はステージ下に降り、通訳を続けたという。
しかしこの発言が県のろうあ協会に漏れ伝わり、
協会が「侮辱だ」と抗議。夢之助が謝罪文を出す事態に至った。
この問題、なかなか難しい。
一番悪いのは、手話通訳の存在を事前に知らせなかった市や主催者側だ。
分かっていれば夢之助も心の準備はできたろうし、
気が散るとしても、ある程度我慢も出来たはず。
主催者から何も言われぬまま、ステージの片隅で手話通訳をされたのでは
「気が散る」のも当たり前。落語家は記憶してナンボ、集中力が命なのだから。
イライラのあまり「なんで手話がここで要るのよ?」という思いが出て、
「落語は手話に出来ないよね?」という、素朴ながらも、
配慮のないと思われてもしかたのない発言をしてしまったのではないか。
夢之助を一方的に責める島根県ろうあ協会にも疑問を呈する。
「(障碍者に対する)侮辱だ」というが、
夢之助の言うように、落語は本来「聞かせる」もの
(最近は手話落語にチャレンジする落語家もいるが)。
もちろん、夢之助に(通訳が必要な客がいることに)
配慮してあげる余裕があれば、よけいなことを言わずに済み、
こんな問題にもならなかったのだろうけど…。
まあろうあ協会側としてもこういう事案には
声を上げざるを得ない立場もあるだろうが、
落語家の「こだわり」もちょっとは考えてあげてほしいものである。
会場には聴力障碍の客が3名いたという。
一番困惑しているのは、影の主役にさせられたこの人々ではなかろうか。