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盛岡中心市街地に思う

最近、中心市街地に出向くことが多く、大通りとか菜園、肴町に足を向けている。

きのうはカワトクCube-IIの裏側にお茶目な雑貨屋をみつけたりして、
郊外巡りでは見つけられない発見もある。

紺屋町の「再販」とか、大通りの「盛岡共同文具」もなかなか面白い。
おカネはそんなにないので、なかなか買ってはあげられないが。

しかしまあ実際のところ、商店街に元気はないな、とも思う。
くたびれた店が多く、人を集めるような工夫がない。
これじゃ、みんなイオンに行っちゃうよね、となるのだ。

マスコミは常に「迫害される商店街」的な報道を展開するので、
大型店=悪、というイメージは常につきまとうが、
では商店側にも悪はないのか、と逆に問いたい。

「昔からのお客様」を大事にするあまり、
「カイゼン」を忘れた老舗が大通りを歩けばいくらでもある。
そんな店じゃ、若いお客はついてきませんよ、と言ってあげたいくらい。

左うちわでやってこれた成功経験と、心のどこかで「いつかなんとかなる」
「役所が何とかしてくれる」という思いがあるのではないか。
そんな商店に客がついてくるか?

イオンなど大型店は、モノもいっぱいあるし、安いし、便利だし、刺激もある。
いくら役所やセレブリティたちが「我らのもりおかのために、
大型店じゃなくて市街地にも行こうよ」なんて声をかけたって、むなしく響くだけだろう。

確かに大型店は無味乾燥だ。
心温まる触れ合いもないし、店主との語らいなんてもってのほか。
売り上げ不振でいなくなるテナントが毎月のように出てくるあたりは
「過当競争」なんて言葉も頭をかすめる。
「地元の老舗」の入る余地はない(例外はあるが)。

しかし、遅まきながら盛岡市民も「郊外の大型ショッピングセンター」という味を知ってしまった。
しかもその味は全国各地で支持され、高いポテンシャルを持っていることが証明されている筋金入りだ。

どこかの大先生が「大型店は盛岡のためにならない」と語りかけてみても、
消費者たる庶民を納得させる理由には全くなり得ない
(庶民にとっては10年後の盛岡像より、まずその日の財布の中身が大事だからだ)。
商店街のほうもそれは肝に銘じるべき。

ただ、何も「商店街はもうダメ」とは言っていない。
仙台や東京の多摩地区なんかは、人は減ったと言うが、
商店街自体に人を集める魅力はあるし、盛岡が見習う点も多い。

「街づくり」のような、ハード面に至るマクロな話にまで達すると
「政治」の領域に達し、それこそ商店街の悪いほうのコネクションに通じてしまうので
言及は避けるが(避けちゃダメですかね)、
ソフト面なら、品揃え、楽しさ、安さ、便利さで対抗する手だてはいくらでもある。
たとえ安さでかなわなくとも、楽しさや便利さで対抗すればいい。

イベントで一時的に人を集めたり、
存在からしてみずぼらしいチャレンジショップを仕立てたりするのは、
個人的には違うと思う。

「居酒屋ばっかり進出してきて振興会費も払わねーし」と
新聞記者にボヤいてばかりでは何も変わらない。
居酒屋じゃない店が進出するように仕向けもしないからそうなるのだ。

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