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幸見の夕刊テレビ(2)

前回のつづき

IBCが社運を賭け「看板番組」としてスタートした「幸見の夕刊テレビ」。
司会は、いまや「方言詩」「作家活動」で全国的にも名の知れた、菊池幸見アナ。
ヨコハマ生まれのテレビ岩手・平井雅幸アナと違い、菊池アナはトオノ産。
岩手を離れたのは法政大に学んだ4年間だけ。
80年代に担当した「ラジオ新鮮組」は雑誌などで全国的にも知られた番組である。

方言の話せるアナウンサーとしても同局を代表する存在でもあり、
IBCが社運を賭ける番組の司会に起用するには十分すぎる「人財」であった。
「幸見の…」という冠番組になっているのもその証拠である。

それでも、菊池アナだけでは物足りなかったのか、
IBCはとんでもない爆弾を東京から逆輸入した。
「戸田信子」である。

菊池アナと同じく岩手生まれ。
ラジオ「IBCトップ40」、テレビ「ポップチャンネル」などを担当し、
80年代のIBCの看板アナだった。

そんな存在をキー局のTBSがめざとく見つけ、
夜のニュース番組「ニュースデスク'88」に
サブキャスターとして迎えるが、
「ニュースステーション」の前に玉砕し1年で打ち切られる。

その後戸田は皮肉にもテレビ朝日に活動の場を移し、夕方のニュース「ステーションEYE」の
メインキャスターを、内田忠男(現在、大学教授)と務めた。
しかし、戸田がテレ朝で活躍していた当時、系列局は岩手になかったため、
ふるさと岩手では「幻の存在」となっていた。

「夕刊テレビ」開始前、岩手にもテレ朝系列のIATが開局してはいたが、
戸田はすでにテレ朝の番組にも出ていなかった。
そんな「幻のアナウンサー」を、
IBCは「夕刊テレビ」サブ司会の座を用意して、呼び戻したのである。

幸見と信子、まさにIBC黄金のタッグ。これに、中堅の伊藤美幸アナ(現在フリー)を加え司会陣とした。
さらに、IBCでディレクター職を持っていた米国人留学生を
コメンテーターに迎え入れ、グローバルな視点も加えた。

つづく

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