県民性
昨年、東京で数日間の泊まり込み合同研修会に参加した際、
全国から集まる人たちと連日酒を酌み交わしたりしたのだが、
やはり西の方の人たちのノリにはついていけなかった。
疲れているから今日はスンマセン、というと、
「なんでワシの酒が飲めへんのじゃ~」みたいな。
北関東とか東北の人は、押しを効かせることはなく
「ああ、それならしかたないネ」みたいに気を利かせてくれたりするが
関西とか中国の人は「そんなんあかんよ~せやから東北の人はアカンねや」と
やや強引に自分のフィールドに引き込んでいく。
「さあ一緒に飲もう」と言ってくれるので悪い人ではないのだが、
それには応えられない、というのを許さない感じがあるのだ。
下世話な話だが、あちらの方々は
「きのうは歌舞伎町で5000円で○○までしてくれた」みたいな話をよくしていた。
で、「君も行かなあかんよ」みたいな話になるのだ。
そんなお店は別に好きじゃないから
(だったら酒でも飲んだ方がいいという人なので)
「いやいや、いいっすよ」みたいなことを言うと
「そんな消極的なのはアカン、よっしゃ明日新宿行くで!」みたいなことを言われる。
東北の人もそういうのは好きじゃないわけじゃないはずだが
「いや、私は…」といえば「あ、そうなんだ」で終わってくれる。
東の人間は西から見れば「淡泊、地味、つまらん」と映るのかもしれない。
でも九州とか沖縄の人も意外と地味で、
みんなが群れてるのに、少人数の仲間内だけで出かけてしまったりしていた。
九州男児・沖縄男は奥ゆかしいが、群れを嫌い独自性を発揮する。
われわれ東北人は、関西あたりの人たちがリードする組合にこそっと参加するようなイメージだ。
はっきり言って主体性に乏しいのだろう。
むろん、少ないサンプルを見ているだけだから
これが県民性の正解というわけでもないだろうが、
なんとなく、「地味な東北、強引な関西、群れない九州」といった感じをもった。
ちなみに東京の人は合宿所に泊まる必要がなく、おうちに帰ってしまうので
交流することがなかったからよく分からないのであった…
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