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盛岡ゆかりの…

岩手といえば、有名な作家2名を輩出したことが自慢である。
それが「宮沢賢治」と「石川啄木」である。
もはやこの2人が生まれたことを除くと
岩手には何も残らないのではないかと言われるくらいだ(ほんとは言われてないけど)。

岩手の地に根を下ろし、病を患いながら、
農業振興に打ち込みつつ芸術的な作品を書き残した賢治、
若くしてめとった妻を捨て北海道、東京と渡り歩き、
女遊びにうつつを抜かし、更生もつかの間、病に薨れる啄木。
正反対な人生を歩んだ二人のよすがの街こそ、
岩手の県都・盛岡である。

玉山村出身の石川啄木は、新婚時代を過ごした盛岡の家が今も保存され、
バス停の名前にもなっているほどだ。
(恥ずかしながら行ったことはないけど…)

花巻市出身の宮沢賢治も、中学・高等学校(現在の高校、大学)の
青春時代を盛岡で過ごした。

さて、盛岡と賢治、啄木の接点がさらに強まりそうなのである。

まず、石川啄木は「玉山村出身」から「盛岡市出身」となる。
来年1月に玉山村は盛岡市と合併し、
盛岡市の一部となるからだ。
正確には啄木が生まれたのは「日戸村」であるが、
その日戸は玉山となり、そして来年、盛岡市の一部となる。

宮沢賢治の生まれは里川口村。今の花巻市であるが、
来年1月には隣接する大迫町など3町が花巻と合併し、
やはり花巻の一部となる。
そしてその大迫地区は盛岡市と接しているので、
盛岡市と花巻市は隣接することとなるのだ。

いまは遠く離れているはずの盛岡と花巻であるが、
(実際には、新盛岡と新花巻に挟まれるようにして残る町があるが)
来年には「賢治は隣町に越した」、ということになってしまう。

啄木が盛岡生まれとなり、賢治が日々を過ごした2市が隣り合う。
これも度重なる市町村合併のなせるわざであるが、
なにやら味気ない気もする。

とはいえ、小さな町や村は生きづらくなる時代が来るわけで、
こうなるのも致し方ない気もする。

啄木が盛岡生まれとなることにはなんとなくうれしかったりするが、
仮に花巻市が盛岡市と合併したら、今度は賢治も盛岡生まれとなる。

回りの町を次々飲み込んで巨大になった街といえば「仙台」が思い浮かぶ。
盛岡もそこまでやっちゃあ、やりすぎという気もするが。
どうでしょうか、賢治先生、啄木先生。

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「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

仙台はまだ『区』というのがあるので、
なんとか旧地区の名残というか、
独自性があります。

本当に村や町が消えてなにかいいことがあるんですかね。

ハマショーの歌にマネーという曲があって
「この街のメインストリート、わずか数百メートル♪」
って歌詞がありますが。
そこまでもないような「登米市」とかも出現して
おかしなことになっています。

それと気仙沼と一関も隣組になりましたね(笑)

投稿: 傷だらけの天使 | 2005.11.15 23:31

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