教師だって人間だ
「先生ゆとりなし」。教育委員会の教師に対するアンケート結果を取り上げた記事である。教師の約98%が程度の差はあれ、忙しさを感じながら勤務している実態が明らかになった。
知り合いに教師になった人がいるが、ほんとにこの人教師かな、と思うくらい普通の人だ。
ドラマの「金八先生」に代表されるように、「聖職」などともてはやされる教師だが、実際の彼らはスーパーマンではない。ほんとうに「普通の人間」であり、普通の地方公務員なのだ。
公務員といえば、県庁の一般職員は、残業が常態化していると聞く。民間なみにサービス残業もあるというのに、行動は一挙手一投足が県民のみならず、マスコミや議員、オンブズマン等に監視されている。
教師はそれに加えPTAやら教育委員会やらにも見張られている。その上に子どもたちを育ててやらなければいけない。そうなれば手は抜けず、残業が増える。
思えば、自分が児童、学生のころも、先生は夜になるまで働いていたし、遅くまでも、土日でも、部活の面倒を見てくれたりしたものだ。いま社会人になってみて、彼らは相当の激務に耐えていたのだなぁ、としみじみ思う。
「先生は子どもたちの鑑(かがみ)となりながら、24時間365日休みなく働くスーパーマン、キャリアウーマンであるべきだ」という「幻想」が、彼らに激務を押しつけている原因ではないか。給料だってそんなに高くはないはず。
就職難だから、人材不足になることは当分なかろうが、過労を強いることのない体制にしていかないと、今後、教師のなり手が少なくなることもあるかもしれない。そんなことをこの調査を見て、考えさせられた。
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