筋書き

1週間のごぶさたでした。

最近、テレビ番組、バラエティ番組を腹の底から楽しめない自分がいる。
どれにも「演出」を感じるからだ。

都合よい「乱入」。
ナイスタイミングな「ハプニング」。

クイズ番組なんか見ても、台本があって
その通りにやっているようにしか見えない。

スタッフにしても出演者にしても「プロ」だから、
「より面白く見せる」ため創意工夫であることは認める。

しかし、どの番組を見ても「わざとらしいよな」と、
思ってしまうケースがあまりに多いのだ。

昔はこんなことなかったはずなんだが。

まあ、年を取って脳みそが少しは
老獪になってきているのかもしれない。

その点、若者達はまだ純粋だから、
額面通りに受け取ってテレビを楽しめるのだろう。

…いやいや。
それじゃ将来ダマされるような大人になっちゃいますよ。

そうか。昔は「コント」の番組がもっと多かった。

あれは「完全筋書き通り」であることを理解した上で、
視聴者は見ている。

最近は「筋書き」の活躍の場が「コント」から、
「バラエティ番組」に変わってきているのだろう。

それでいいんだろうか。

「嘘くさい」といってはなんだが、
「演出にまみれた」…うーん、これも微妙な表現だが。

そういう「バラエティ」ばかりでは、
そのうちにその「筋書きまみれ」に気づいた視聴者も、
飽きてしまうんじゃなかろうか。
いまのうちはまだいいかもしれないが。

かといって、テレビ創生期の頃のような
コント全盛に戻るとは思えない。
コントを前面に押し出した番組は、まだ数字をとれない。

いまの若い視聴者は、どういう風にテレビを見ているのだろう。
やっぱり、「額面通り」に見てるだけなのかな。

だったら、ネットや携帯電話に客を取られるはずがないのだが…。
いい筋書き、書いてくださいよ。

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お金を払って…

いろんなソフトが無料で手に入るようになった。
違法でという意味ではないよ。
優秀なフリーソフトが多い、という意味だ。
ゲーム、ユーティリティ、オフィスソフト、
ウィルス対策ソフト、動画プレーヤー…

ただ、無料のソフトが出回っても、
これだけは…というものがある。

ひとつは「ATOK」。
日本語変換ソフトである。

普通にMS-IMEを使っている人や、
Google、Baiduなど無料のものも幅をきかせているが、
どうにも乗り換える気にはならない。

変換効率とかを厳密に比較してはいないが、
ATOKのキー操作に慣れているので
いまさら戻れないのである。

連文節変換のときに、次の文節に行くときは「下」キーだし、
文節を変えるときはシフトキーを押したくないのだ。

MS-IMEでもATOK風にできるのは知っているが、
ATOKは細かいところに手が届く。

たとえばテンキーで入力すれば、
確定した状態で半角数字が入力できたりする。

そういう「便利な状態」に、金を払っているわけである。

もうひとつは「EmEditor」。
いわゆるエディター、昔で言う簡易ワープロ。
文字の大きさとか色とか罫線とか一切入力できず、
文字しか入力できないソフトである。

「そんなもん『メモ帳』で足りるだろう」、と言われるかもしれない。
しかしメモ帳はあの通りのっぺらぼうの真っ白い顔で、
入力を支援する操作が何もない。

その点、Emeditorは、
文字の置き換えなどが強力である。

タブ記号や改行記号も置き換えできるので、
Excelから表をコピーして、単純な文字列にするとか、
会社リストなら、全部の社名の後ろに
「御中」をつける、なんて芸当も簡単にできるのだ。

そんなもんExcelでもできるわい、と言われるかもしれないが
Excelを使わずともできるからいいのである。

それと、メモ帳は白しかないが、
Emeditorは背景の色、文字の色も変えられる。
メモ帳も文字の大きさ、フォントは変更できるが、
行間までは変更できまい。
目に優しいパターンも自由自在である。

エディターといえば、最近では「サクラエディタ」という
有名なフリーソフトもあるが、
置き換えなどの操作がやはりピンとこない。

1ライセンス4000円と結構なお値段だが
(昔はもう少し安かったんだけどね)、
入力にこだわりたい人は、使ってみてほしいソフトである。

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盛岡市にロフト進出

盛岡市のデパート「川徳」にロフトが進出する、という記事が
某地元紙(引用すら許さないようなのでこの表現で失礼)に掲載された。
3月に開店。すでに同社WEBサイトでは求人も始まっている
同店6階の一部に小規模店舗として出店するようだ。

ロフトは西武系のグッズストア。
ホームセンター寄りの東急ハンズと比べると、
生活用品、アメニティ&ファンシー的な
(この分野に弱いんでどう表現したらいいんかわからんw)
ジャンルの商品に強い。

川徳はハウスカードをセゾンにしており、
西武系には近い。ロフトにはすでに3年前からラブコールを送っていたそうだ。

ロフトは近年地方都市に進出を始めており、
東北では、仙台の西武跡に出店。
秋田のイトーヨーカドー跡にも、
川徳と同じくワンフロアの小規模店として入居している。
いずれも駅前の立地である。

いっぽう、盛岡の川徳は駅からだいぶ離れた菜園地区にある。
ご多分に漏れず、盛岡も中心市街地は商業の地盤沈下が進んでいる。

川徳も客の高齢化が進んでいるが、手をこまぬいていたわけではなく、
ロフトが入居する6階は「ヴァージンメガストア」を誘致したり、
旧ソニープラザの「ミニプラ」を入れたりしているが
いずれも長続きしなかった。

20~30代に一定の支持があるロフトの導入で、
客層の若返りを図ろうとしている様子がうかがえる。

いっぽうで、3年も待たされたということは、
ロフト側に一定の躊躇があったことも想像に難くない。
「客が来るのか」「爺さん婆さんしか来ないんじゃないのか…」。

とりあえずロフトとしては「まずはやってみましょう」ということで
出店を決めたのだろう。

川徳のほど近くにある「大通り」は、
物販店が減り居酒屋ばかりが増える現状。
ロフトがくる程度で盛岡の中心市街地が若返るとは思えないが、
起爆剤的効果はあるかもしれない。

遅ればせながら、イオンのせいで?郊外流出が進むようになった盛岡市。
若干の揺り戻し、都心回帰の動きも見える中、
中心市街地の復権なるか。

ロフトの開店、そしてそれ以降が楽しみである。

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笑点を考える

「笑点」と「サザエさん」が呼ぶ日曜日の憂鬱…
なんてぇことを申しますが。

日本テレビ「笑点」は、日曜夕方に長年君臨する演芸番組である。
昨年逝去した、立川談志が番組を立ち上げた。

それから40年以上、放送され続けている。
いまや知らない者はいないのではないか
(沖縄県では長らく放送されていないようだが)。

「笑点」=「落語」と思っている人は多いと思うが、
確かに「落語家」は大挙して出演しているものの、
落語を口演することはない。

彼らがやっているのは「大喜利」。
大喜利とは寄席の最後の出し物のことで、
「笑点」では"とんち合戦"を「大喜利」としてやっている。

この番組のせいで、とんち合戦が大喜利と同義になったが、
いずれ、噺家の余興にすぎない。
(ただし、プロレスと同じく…これ以上は言わないでおこう)

しかも番組が30分間なのに、
うち20分間が「大喜利」なのだから不思議だ。
いちおう「最後の出し物」に、違いはないが。

まあ「大喜利」が「落語」そのものだと思っている
バカな子供はいないだろうが、
「笑点」で「落語」が放送されたことはしばらくない。

春風亭昇太が大喜利レギュラーになって少し後に、
熊本県の収録で「ちりとてちん」を演ったのが最後だと思う。

現在、演芸コーナーは漫談家や漫才、中堅どころのコントが
出演するのがほとんどで、落語が入る隙がなくなっている。

実は以前「笑点」は40分間の枠があり、
演芸も2組出ていて、2組のうち1組は落語をやっていた記憶がある。

先代の三遊亭円楽の時代、落語も退潮の時期にさしかかり、
30分間に短縮されてしまった。
現在のように演芸1組の放送時間を、
大喜利の放送時間が上回る状態になっている。

現在も落語ブームといえばブームの時期のはずなのだが…。
やはり「数字」の世界の天秤にかけると、落語は厳しいのだろうか。

それでも大喜利メンバーであることは落語家として「ステイタス」であり、
メンバー出演の落語会は、全国で大盛況となっている。

特に桂歌丸は、若手の時代に談志によって大喜利に抜擢され、
現在司会を務め、落語芸術協会の会長にまでのしあがっている。
地元の「横浜にぎわい座」の館長の座にもある。

ただ、噺家としての歌丸の評価はあまり高くはない。
落語通を自認する人のブログで「春風亭歌丸」と
誤記されているのを見つけたこともある。

そもそも落語通でも「笑点メンバー=ミーハー受け」のような
先入観があるようで、あまり好かれてはいないようだ。
(小遊三や昇太はそれなりに評価されているようだけど)

ただし、これだけ娯楽が多様化した世の中で、
「落語」というか「落語家」が、メディアの王たるテレビに君臨し続け、
もって落語文化の啓蒙にいたらしむことの重要性は、
評価されるべきだろう。

ただ、やはり落語家の出る番組なのだから、
「余芸」ではなく「本業」を見せてほしい、と願うのである。

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落語は都会のもの

愛知県のイベントプランナーみたいなオバサンのツイートが、
リツイートの波で流れてきた。

田舎のジジババが変なタイミングで笑ったのに腹を立てたという
立川談志のドキュメンタリー映像を引き合いに出し、
「落語は都会で聴くものだ」「"田舎者"の客はヤボってものだ」。

少し腹が立ち、「田舎者で悪かったね」みたいなツイートを吐いたら、
リプライしたわけではなかったが、めざとく見つけてこられて謝られた。

「田舎在住と"田舎者"は違う意味で書いたつもりだったけど…」
そんなこと言われても、ねぇ。

まあ、でもこのオバサンの言うことにも一理あるとは思う
(いちおう、そういうニュアンスを込めたツイートをしたんだけどね)。

結局、落語というモノは都会で生まれた(あるいは洗練された)文化なので、
田舎者が口を出すのは「野暮」なのだろう。

ラジオやテレビといったメディアによって、
地方在住者でも落語を享受できるようにはなったが、
落語の本拠地たる「寄席」に常日頃触れられるのは、
せいぜい東京近郊、上方なら大阪近郊に住んでいる人に限られる。

寄席日記」や「HOME★9」を、
生の寄席やホール落語情報を得るために購読しているが、
読んでて腹立たしくなってくることもある。

贅沢すぎるんだもの。
「昨日の高座のほうがよかった」なんて毎日のように書かれたら。

その最たるものが「ミスター落語評論家」広瀬和生か。
あるいは「ずんずん落語評論家」堀井憲一郎とか。

しょせん、田舎にいればそんな幸福に浴すことはできない。

立川談志は「江戸の風を伝えることが落語には大切だ」と説いている。
江戸=いにしえの東京。
田舎はダメなのだ。ヤボなのだ。

落語でも、田舎者は嘲笑の対象である。
「五人廻し」「お見立て」「手水回し」「勘定板」…。
「金明竹」もある意味そうかな。

落語に出てくる田舎者は、「江戸の粋」が分かっちゃいない
「愚鈍な人物」として、東北弁と九州弁をゴッチャにしたような
「田舎弁」を使って描かれる。「五人廻し」のお大尽なんか典型的だ。

…もう、田舎者は割り切ってしまうしかない。
いくらがんばっても、我々田舎者は江戸っ子にはなれないのだ。

田舎者なりに、落語を楽しむ。これでいいのではないか。
寄席はなくとも、市民ホールや公民館に噺家が来てくれるじゃないか。
「五人廻し」のお大尽も、仲間だと思ってしまおう。

東京の半分以上は田舎者でできている。
落語家も地方出身者が大半だ。そう思えば、気楽なもんだ。
広瀬和生みたいにやたら寄席通いするのは「落語中毒患者」と思って笑ってしまおう。

落語を「つまみ食い」できる贅沢を味わおうではないか…
ウーン、無理があるか(笑)

とにかく「落語は都会のもの」であることを無理に覆そうとせず、
適度にヒガミながら、自然体で付き合いましょう、ってことで…。

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吉本の社長が考えていること

日経ビジネスが吉本興業の大崎洋社長にインタビューしている。

ずばり、先日記者会見で、
唐突に社長が口にした「島田紳助」の復帰に関するコメントについてである。

大崎社長は「ウチは家族みたいな経営」「紳助だって家族だった」。
だからこそ、帰ってきてほしい、と言ったのだ、という。

いわく、彼が起こしたことは確かに問題だけれど、
家族を見捨てるわけにはいかないのだ…。

どうだろう。読む人によって評価が分かれるところとは思うが、
「身内に甘い」のそしりは、まぬがれそうもないコメントではなかろうか。

それをあえて、大崎社長は日経ビジネスの問いに、
記者会見と同じ趣旨の答えを返したのである。

「私はマネージャーひとすじだった。経営者は向いていないと思う」…
なんとも頼りなげな言葉の後に続けて、
大崎社長は「設備投資」や「上場維持コスト」「株主への迷惑」といった言葉を口にする。

おおよそ、お笑いプロダクションの経営者が言うことではないように感じるが、
「一部上場(だった)企業」の経営者の言葉としては、
至極当たり前のフレーズである。

なぜ上場をとりやめ、TOB(株式を市場から回収し非上場化すること)したか。

右肩下がりの経済の中、新しい事業にも飛び込まなければならない。
資金調達はしないといけない。

しかし、製造業などと違い、「設備投資」をする必要はほとんどない。
コストの大方は人件費に消えていく。
吉本は「パーソナリティを売る商売」だからだ。

企業が上場する最大の理由は「資金調達」であるが、
設備投資がなければ、大型の資金調達をする必要はない。

しかも、社長の言うように「上場=買収されるリスク」となる。
スポンサー程度の買収ならいいが、
乗っ取りレベルになると話は変わってくる。
極端にいえば「吉本興業」という社名すら消滅するおそれもある。

株主への迷惑が…とも社長は言うが、
そもそも株式は損を被るリスク前提で買うものなので、
それは二の次で、とにかく大崎社長はじめ、
幹部は「吉本興業という会社を守りたい」のだろう。

それでも、もう昔の吉本興業じゃない、と大崎社長は言う。
社会のグローバル化を肌身で思い知ったのだろう。

「アメリカでは1時間番組で3億円の予算を使うこともある」とも。
これは、昨年吉本の肝いりで始めた「サタデーナイトライブJPN」の元祖となった
米国の長寿番組「サタデーナイトライブ」のことだと思われる。

90分番組を作るために、数十人の構成作家が大量の台本を書き、
そのごく一部だけを使う。
番組ではアーティスト、俳優、コメディアン、一流のエンターテイナーが顔をそろえる。

3億円もかかるはずだ。
しかしアメリカのショービズには、コストを回収する仕組みがきちんとある。

しかし日本ではまだまだ(もはや?)難しい。
「JPN」も毎週放送はできず、月1回放送に甘んじている。

吉本といえど、手探りなのだろう。
しかし昔ながらの商売を続けていても、先細りするだけ。
その中で、次の世代へとつなげていかねばならない。

吉本興業は大企業ではなく、中小企業だ、とも。
世界に打って出るといってもまだ緒についたばかり。
ソニーやトヨタに肩を並べているわけではなく、
また、そのつもりもないだろう。

「紳助コメント」への世間の風当たりも勉強になったという。
吉本興業は「家族の会社」と思っていたが、
世間との考えには大きな隔たりがあった。

中小企業のつもりでいても、体は立派な大企業。
大崎社長自ら、まだそのあたりを計りかねているのだろう。

以前弊ブログにて「黒い吉本」という文章を書いた。

創業から今に至るまで、任侠(暴力団)とのつきあいがゼロだったわけではない。
まあ、言えることと言えないことと、いろいろあるだろうから
これ以上の詮索はしない。

ただ、上場をやめたからといって透明性が求められないわけではない。
大崎社長自ら、吉本興業は昔と違うんだ、と宣言したのだし。

非上場化したことで、肩の荷が下りて、つい「紳助帰っておいで」と言いたくなったのだろうが、
「うちは中小企業だから、芸能プロだから許される」…
そうはいかないレベルに、吉本という会社が達していることは認識すべきだろう。

商才には長けていたという島田紳助に、
「経営者」として吉本興業の未来を任せてみる…
紳助が家族ならば、大崎社長はそこまで考えてもいいんじゃないか。
ただしそれを実行すれば、もっと強い風当たりが吉本を襲うだろうが…。

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震災で離婚?

浜崎あゆみの離婚。
PVで共演したオーストリア人俳優と結婚したのが昨年。
そこから1年で離婚した。

子どもはいない。あれだけ多忙を極めたのだから当然だろう。

なぜ離婚したか。当初、アメリカで暮らすことを考えていて、
夫は当然アメリカ暮らししていたが、
浜崎は「東日本大震災があったので、日本を離れたくなかった」のだという。

で、夫と妻の考え方に溝ができ、それが埋まらなかった、と…。

まあ、これを額面通り受け取る人は多くなかろう。

「オーストリア人俳優」が生きていくのに、日本は少々息苦しい。
アメリカで暮らしたい、というのは、なんとなく分かる。

問題は浜崎のほうで、彼女はアメリカで暮らす必然性がない。
世界を股にかけるアーティストではないからだ。
せいぜい、アジア圏で知名度があるだけのこと。
日本で過ごしたほうがメリットは大きい。

だまってそれを理由にしておけばよかったのに、
「震災があったから…」というのは、どうなんだろう。
仮に真実だとしても、言う必要があるだろうか?

震災では死者も多く出ている。生き残っても、
家族が死んでしまったという人は多い。

それに比べれば浜崎はセレブリティであり、幸せ者である。
「震災があったから離婚する」「震災で不幸になりました」と
言ってしまうのは、かなりいただけない。

「震災があった、日本のみんながかわいそうだから、日本を離れられない」、
というのはかなり後付けっぽく聞こえるのだ。

浜崎が日本にいようがアメリカにいようが、
大方の日本人には影響はない。
多少、回りの取り巻きが少し困るか困らないか、くらいの話である。

それを「震災のせいで二人が引き裂かれた」みたいに言うのはどうか、と思うのである。

まあ、浜崎は「夫のヌード写真集」(…)がイヤだった、とか、
浜崎と夫で言葉が通じなかった(!)といった話も出てきている。

いずれ夫のガイジンさんには日本暮らしは難しいと思うし、
浜崎もアメリカ暮らしをあきらめてしまったと考えたほうが濃厚。

はなから無理のある結婚だった…と、
他人が断定するべきではないけれど。

いずれ「震災をダシにした離婚」というイメージはつきまとう。
おとなしく「生活のすれちがい」「見解の相違」とかいっておけばよかったのだ。

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エンガチョ感覚

被災地瓦礫を、西日本などの自治体が受け入れようとして、
住民の猛反発を喰らうケースが相次いでいる。

被災地である沿岸の住民ではないが、
岩手には住んでいるので、被災地の瓦礫は何度もみてきた。
とにかくあの量は地元で処理しきれる量ではない。

それなのに、瓦礫受け入れを拒否する人々の声は強い。
たとえ線量を計って「安全ですから」と説明を尽くしたとしても、
イヤだ、そんな計測信じられない、子どもの未来はどうするの、
これの一点張りである。

そもそも彼らはなぜ、
そんなに瓦礫受け入れ=放射能受け入れと短絡的に決めつけて、
徹底的に「抵抗」するのか。

それは、とりもなおさず、
「清浄を乱されたくない」「秩序を壊されたくない」の一心だろう。

東北の被災地? そんなの関係ねー。
瓦礫の山? そんなの関係ねー。
そんなものは現地で処理してくれ。

「子どものエンガチョ感覚」と評する人も多いが、
通底するところは同じだろう。

「縁がチョン」…縁を切りたい、という意味の幼児語である。

瓦礫はフクイチの周囲に埋めればいい。
そしてフクシマ(彼らにとっては「福島」ではない)をチェルノブイリのような「廃墟」にしたらいいい。
…まさに「エンガチョ」だ。

しかしエンガチョでは「お前らは人としてどうなんだ」と言われるから、
「瓦礫利権」なる言葉まで使い始めている。

放射能がなくても、こんな騒ぎは起きたかもしれない。
「アスベストが飛散する」「東北沿岸には未知の有害物質が…」とか言って。

「困ってるんなら、西日本に来なよ」というオタメゴカシも聞き飽きた。
それこそエンガチョ感覚だ。
ふるさとはそう簡単に捨てられるものじゃない。

「瓦礫ではなく人の撤去を」なんて表現にはほんとうに腹が立つ。
人と廃棄物を一緒にするなんて、言語道断だと思うが。

「日本中に放射性物質をまきちらせば
日本が世界からエンガチョされる」なんて言う人もいる。
でも、すでにされてますけどね。

それをどう回復させようという検討をしなければならないのに、
それ以前に国の中でいがみ合っている。

「とにかく、一度被災地に来てみろよ」と言いたいけど、
そんなの知らねーよバカ、で終わりだろう。

「絆」なんて嘘っぱちじゃないか。
大勢の大人が「エンガチョ」しているじゃないか。

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地獄のパケット代

大阪市の女性が、「パソコンに携帯をつないで通信したら20万円も請求された」と
ソフトバンクモバイルを訴えていた裁判で、京都地裁は
(原告は大阪なのになぜ京都地裁かは不明)
ソフトバンクに10万円の支払いを命じる判決を言い渡した。(毎日)

原告は「十分な説明を受けなかった」としてソフトバンクを訴えていた。
ソフトバンク側の言い分は…記事にはないが予想はつく。

裁判長は「5万円を超えた時点で注意喚起すべき義務があった」としたが、
原告も「料金を短いスパンで把握すべきだった」とし、
双方に過失があったとしている。

「判例」となるのを防ぐために、
おそらくソフトバンクは控訴するものと思われるが、
仮に控訴しなかったとしても、
弁護士報酬や、訴訟にかけた手間暇を考えれば、
原告女性はすでに20万円以上は損をしているはずである。

なんともご苦労様な話であるが、
実は自分も同じようなめに遭っている。

出張の時、LANがないホテルに宿泊した為、
某携帯電話会社の携帯電話を、パソコンにつないで通信していた。
すると、突然「Windows Update」が始まった。
大量のパケット通信を行ったことは想像に難くないが、
これが悲劇の始まり。

ちゃんと、携帯通信の料金体系を把握していなかったのだ。

翌日、ショートメールが届いた。
「パケット通信料が高額になっています」。

えっ、と思って携帯電話会社に問い合わせた。
電話の向こうの窓口氏は「今からパケット無制限のコースに変えれば、
数千円で抑えられます」。
じゃあ、変えてください。

しかしすぐ後にコールバックが来た。
「すみません、あれは勘違いでした。パソコンを使った通信では適用できません」。
で、結局正規の料金を請求するという。

今に至るまでその料金も確認する気にならなかったが、
やはり数万円はとられたはずである。それも一晩で。

こりゃダメだ、と携帯電話会社を速攻で別業者に変えた。
当時の時点で、パソコンを使った通信でも定額に抑えられるコースをもっていた会社である。
(詳しい人は、どの携帯電話会社か分かるだろう)

しかしこの件で懲りてしまい、以降、携帯とパソコンをつないで通信したことはない
(正確には、つながるかどうか一回だけ試した)。

事実と異なる説明をされた窓口氏には、ふしぎと腹が立たなかった。
それくらい、高額請求に腹が立ったのだ。

しかも、携帯電話会社は「ちゃんと加入時に説明してます」と
言い張るに決まっているし、今回の判決同様「料金を確認しないほうも悪い」わけで、
こちらに過失がある分、よけいに腹立たしいのである。

まあ、2年くらい前の話ですが。笑

すでにスマートフォンの定額コースなので、
もうパソコンとケータイをつないで通信することはないと思う。
だから「昔の話だよ…」と笑って済ませることもできるが、
いまだに思い出すたびに、胸がムカムカする事件なのである。

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字幕で経済活性化

花王が字幕入りのCMを制作。(朝日

デジタル放送では字幕を表示できるが、
番組内での表示に限られていた。
CMで表示するものは初めてとなる。

デジタル放送やワンセグでは字幕を表示することができるため、
聴力障碍者がテレビ放送を楽しむ手助けになっている。

アナログ時代も「文字放送」は行われていたが、
特殊な装置を購入する必要があった。
対応番組も多くはなかった。

いっぽう地デジやワンセグでは、
ほとんどの装置で字幕表示が切り替えられるようになり、
字幕対応番組も増えている。

ゴールデンタイムの番組は、NHKだけでなく、
民放でも大体は字幕付きとなった。
生放送のニュース番組でも、
字幕をリアルタイムで表示する番組が、実は結構多い。

ただ、深夜番組や、最近増加しているワイドショー系番組では
まだまだ対応していない。

CMも字幕対応になる時代だ。
さまざまな番組に字幕をつけるようにすれば、
雇用の増加にもなるのではないか。

いくら最近のTV局の懐具合が厳しいとはいえ、
番組制作費と比べれば、字幕挿入にかかるコストは微々たるもののはず。
行政が補助することも考えられるだろうし。

それと、現在ほとんど字幕放送に取り組んでいないのが
「地方局」。録画番組でもまず、対応していない。
地方の番組こそ、字幕をつけるべきではないか。
(懐具合はキー局と比較にならないほど、さらに厳しいが…)

そうすることで、これまでテレビをなかなか楽しめなかった
聴力障害者や高齢者に市場が広がる。

CMの話から始めたが、新たな視聴者層を獲得することで、
パイとしては小さいかも知れないが、
スポンサーのビジネスが広がることも考えられる。
テレビ局にも回り回ってメリットになるはずだ。

なにかと元気がないテレビだが、
自ら発信していくことも必要だろう。
ちゃんとインフラがあるんだから。

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